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いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

「仲間・チーム」を都合よく使う人たち

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すでにタイミング逸した感があるのだが,なれ合いや仲間うちのやりとりについて「気持ち悪い」という話が出てきていたので,それについて書きたい。元の記事は消えてしまっていて,私自身はとても好きなブログだったし,ツイキャスなども聞いていたので,とても残念だ。ただ「なれ合い」そのものが「気持ちが悪い」かどうかは個人の感情に由来するものなので,それが良いとか悪いということよりも,ブログをやめてしまったことが残念なのだ。ただ他のサービスで継続されるということなので,特に問題はないのだけれど(購読の仕方が面倒だか)。

 

それで元の記事とは関係なく,私自身はブログ上での「なれ合い」について特に気持ち悪いと感じたことはない。それはid:fktackさんと同じ感覚なのかもしれない。

私は上記のことをすべて「馴れ合い」と言いたいわけで、上記のような行為を少しでもしたことがある人が、「馴れ合いは気持ち悪い」と言ったら、それは田舎者をバカにする東京人の実家が田舎だった、というのと同じ滑稽さを感じる。だから、私はそのコミュニティの気持ち悪さは実際に目にしていないからわからないが、例えば誰かの記事をパクったり、ひどい中傷をしたりのような実害を出さない限りは、擁護したいと思っている。

 

fktack.hatenablog.jp

 

ただ他人のなれ合いについてはそうした立場ではあるのだが,これが現実世界で自分に降りかかってきたときに,特に自分はそうした「なれ合い」を望んでいない時には大変気持ち悪い状況になる。

 

最近仕事していてよくあるのだけど「チームだから」「仲間だから」を都合よく使う人。普段は単に仕事を与えているだけで,「金払ってるんだから仕事しろ」と言っているのに,ピンチの時だけ,仕事を急に頼まないといけない時だけ,「チームだから一緒にがんばりましょう」「仲間だから頑張ろう」などの言葉を言ってくるので,「いやいや俺たちチームではないから」と心の中で常に答えている。

 

もちろん最初からチームで,仲間として仕事しているなら問題ないし,しっかりと収益を確保されているのなら問題なのだが,都合がいい時だけ,お金は払いたくないが働いてほしい時だけ,「仲間だから」「チームだから」と言われるのは「気持ちが悪い」のだ。

 

そもそも「仲間だから」仕事を引き受けているわけではない。「チームだから」仕事をしっかりやるわけではない。その仕事に利益が見込めるからだし,その仕事が楽しいからだ。楽しくもなく利益も出ないのに「仲間だから」「チームだから」と言われても,気持ちはよくないし,その仕事を継続する気にはなれない。そしてそういう言葉を笑顔で言われることが「気持ちが悪い」と思ってしまう。

 

全く持って元の記事とは離れてしまったのだけれど,ちょっと思ったことを書いてみたという話。

 

 

 

 

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