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いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

「効率化」してできた時間もまた「効率化」される息苦しさ

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以下のシロクマ (id:p_shirokuma)先生のエントリーを読みました。確かに現在,効率化を追い求めるあまりその弊害が出ているという部分もあります。

 

資本主義システムのもとでは、効率の良い労働生産性はそれ自体が美徳であり、しばしば生存の鍵にもなる。世間においても、「予算やリソースを効率的に使いなさい、無駄を省きなさい」が美徳とみなされている。生産者やサービス提供者だけでなく、消費者もまた、そういった効率性を美徳と思い込んでいる。控えめに言っても、効率の悪すぎる者・効率性を度外視する者が生きていくための余白は、この効率主義社会には乏しい。

 


効率の神を拝み過ぎてはいけない - シロクマの粘土板

 

仕事や生活を効率化することで無駄が省かれるという考え方があるわけですが,そこで無くなった「無駄」は一体どこへ行くのでしょうか。モノやカネは効率化の結果,別のところに使われることになるのですが,ヒトは「無駄」だと判断されたら,つまりリストラされたらと考えると,無駄を省くことそのものが常に良いことであるわけではないと分かるでしょう。もちろん雇用の流動化を唱える人たちはある企業で「無駄だ」とされても,別の企業では「有益だ」とされると考えるのかもしれませんが,それが正しいとは言えないというのはここ最近の社会情勢を考えれば分かるかと思います。

 

 

日本の「能力主義」は「成果主義」 - いつか朝日が昇るまで

 

 

フリーター漂流~成功と失敗を分けるもの - いつか朝日が昇るまで

 

 また物事が効率化されると時間が生み出されます。そして生活が豊かになる…,自由な時間が増える…,ってそんなことはありません。時間ができればまたそこに別の仕事を入れる,別の用事を入れることで生活を効率化するわけですが,それは時間に追われるということで,少しも自由ではありません。

 

これは日本人特有なのかもしれなくて,例えばヨーロッパでは「バカンス」というものがありますよね。

バカンスの語源は英語のVacantとも通じますが、「無、空っぽ」という意味になります。つまり、「何もしないこと」がバカンスの本来の定義。フランス人のバカンスには、以下3つのような大前提があるそうです。

1. 「ある一定の期間」
2. 「いつもの活動を休止して」
3. 「日常生活の場を離れる」こと

つまり、「旅先のホテルでPCやメールで仕事をしていて……」とか、「自宅でゴロゴロしただけ……」といった過ごし方は、フランス的には真の“バカンス”とは呼べないようです。「数日間以上、自宅を離れて、いつもの仕事はしないこと」が必須。携帯電話やインターネットのお陰で、休み中まで仕事に追いかけられる、と嘆く人も増えていますが、いっそオフラインにするか、あえて旅先にPCは持っていかない、と決断してみるのも1つの方法かもしれません。

本家フランスに学ぶ、正しい“バカンス”の過ごし方 - LAURIER (ローリエ)(1/2)

 

このように何もしない時間を持つために仕事を効率化する人たちがいる一方で,「何もしない時間」を持てない人もいて,何か仕事や用事を入れてしまう。また効率化して忙しい自分が好きな人もいて,そういう人はあくなき「効率化」を追求するわけです。

 

「効率化」の先に豊かな生活があるのか,「効率化」の呪縛から逃れられないのか,その決定権が個人にどこまで許されているのか。その選択が個人に許されていないのなら,とても息苦しい社会になっていきますよね。現になっているのかもしれませんが…。

 

 

置かれた場所で咲きなさい

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