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いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

知への尊敬~古典を読む意味

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以下のぜろすけ (id:zeromoon0)さんの記事を読みました。ぜろすけ (id:zeromoon0)さんの場合,古典を読むことで「未知の言語に対する姿勢」が一番身についた能力としています。

 


古典を勉強する意義とその他いろいろな話 - 無要の葉

 

私自身は理系出身でして,高校の古文の授業は怖い先生だったのでまじめにやっていたのですが,その必要性について疑問を持っていました。それが大学,大学院と進んでいく中で変化していったんですね。

 

それで国語の場合,「古典」=「古文」となるんですが,それぞれの分野にそれぞれの古典があるんですよね。ただ古典って軽視されている感はあって,流行りものにどうしても飛びつきがちです。特に社会科学はそうです。研究動向も含め,世の中の動きに左右されることが多いと思います。

 

でも実際には社会科学にも古典と呼ばれるものはありますし,それを読まないと今何が問題になっていて,何が議論されているのか分からないはずなんですよね。そういう古典を読まずに議論すると議論に深みがなくて,ただただ今起こっている現象を解説するだけになってしまいます。さらには起きた事象によって立場をコロコロ変える。要するに議論の核がないんですよね。そんなことを大学や大学院の時に叩き込まれて,その結果,まともな研究者になっていればこの話も説得力があるのですが,残念ながらそうはなっていないのは申し訳ないという感じです(以下の本はおススメです。もう読んでいる人が多いと思いますが,とりあえず文庫で手に取るのが簡単なもので)。

 

 

危機の二十年――理想と現実 (岩波文庫)

危機の二十年――理想と現実 (岩波文庫)

 

  

世論〈上〉 (岩波文庫)

世論〈上〉 (岩波文庫)

 
世論 (下) (岩波文庫)

世論 (下) (岩波文庫)

 

 

 また,古典をしっかり読んでみると教科書で言われていることって,意外と間違っているんじゃないかということも分かるんですよね。ああいう教科書的なものを読んで分かったような気になっていろいろ語るというのはよくあるわけですが,そういうのを聞いて実は違うよねとニヤニヤできるわけです(笑)。以前,大学の先生が「俺たち,マルクスマルクスって言っているけどまともにマルクス資本論なんて読んでないんだぜ」と言っておりまして,そうなの?と思ったのですが,おそらくまともな研究者は読んでると思うんですよね(あの人はまともではないと思うw)。私もマルクスは以下のものぐらいしか読んでないんですけど,面白いとは思いましたね。でもマルクス理解はほとんど廣松渉に依拠してしまっているわけで,この分野に関しては偉そうなことは言えません。

 

経済学・哲学草稿 (光文社古典新訳文庫)

経済学・哲学草稿 (光文社古典新訳文庫)

 

 

ルイ・ボナパルトのブリュメール18日―初版 (平凡社ライブラリー)

ルイ・ボナパルトのブリュメール18日―初版 (平凡社ライブラリー)

 

  

今こそマルクスを読み返す (講談社現代新書)

今こそマルクスを読み返す (講談社現代新書)

 

 

私は国際政治の勉強を大学院でしていたのですが,国際政治ではなく,「国際学」の大学院だったんですね。まあ,今流行りの学際的な研究というものです。これは専門性が深まらないというデメリットあるんですけど,メリットしては普通に国際政治勉強していたら読むことはないような本を読む機会に恵まれるんですね。私は文学のゼミに出ていて,本居宣長を半年間読んでいました(国語の古典と少し繋がりましたw)。

 

そんなところで「やまとごころ」とは「からごころ」とは,と考えていたんですけど,昔から外国の影響を知らず知らずのうちに受けてものごとを語っている人がいたんだなと気づくことができるんですよね。そういうのが分かると歴史的な繋がりみたいなものを感じることができるし,そういうことを江戸時代に論じていた本居宣長に対する尊敬の念みたいなものも出てくるわけです。 また江戸時代の人間と問題意識を共有するのもとても面白い。人間なんて何百年経ってもそんなに変わるものではないということが分かります。源氏物語が今も面白く読めるのはそういう意味がありますよね。

 

最後に

古典というのは面白いもので読むたびに新しい問題が発見できます。時代の流れに乗って流行りものを読んでいくことに意味がないとは言いませんが,古典を読むと「あれ,これって今現在の問題ではなくて昔からある問題だよね」と気づくことができます。結局,自分がやっているものってその問題意識の延長線上でしかないわけです。そしてその問題意識をその当時に持っていた人たちへの尊敬の念も湧いてくる。「知への尊敬」。古典を読むたびに私が思うことです。

 

 追記

ゆっこ (id:michikusadiary)さんも古典について言及していました。ぜひご参照ください。


どうして古典を「勉強」するの?意味あるの?⇒あるよ! - ミチクサダイアリー

 

本居宣長「うひ山ぶみ」 (講談社学術文庫)

本居宣長「うひ山ぶみ」 (講談社学術文庫)

 
源氏物語玉の小櫛―物のあわれ論 (現代語訳本居宣長選集)

源氏物語玉の小櫛―物のあわれ論 (現代語訳本居宣長選集)