いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

会話上手は質問上手で聞き上手~妻を見ていて思うこと

中身がないわけではない

中身のない会話の重要性というはてな匿名ダイアリーがあって,会話を続けることの重要性が書いてありました。

 

その後、上記のことを意識してラジオを聴くようにしたら、だいたいどのパーソナリティも延々としゃべり続けている事に気づいた。当たり前と思うかもしれないが、上手い人ほど隙間なくしゃべっていた。連想ゲームよろしく中身のない話を延々と続けているコンビもいた。グラデーションのように話題が移り変わっていく様子に感心してしまった。そして、今の今までこんな大事なことになぜ気づかなかったんだろうと愕然とした。

中身のない会話の重要性

 

 

延々としゃべり続けている人がなぜ中身がないように聞こえるのかといえば,相手の会話の内容に合わせて話を展開するからです。つまり,聞き上手なのであって中身がないわけではないのです。これって実はすごい能力でなかなか実践できるものではありません。以下の内容はまさにそれ。

 

 結局のところ、最初から最後まで自分が好きなラジオパーソナリティを参考にしながら会話していた。例の連想ゲーム会話のコンビだ。思いつくままに会話が変遷していき、お互いに特定の話題に執着しない。どんな話題になっても、お互いにそれを咎めずに話を膨らませる。これは実践してみると、意外に心地よかった。とにかくお互いの意見を戦わせることばかりを考えていた自分にとって、「勝ち負けのない会話」というのは心安らぐものだった。もちろん、それは相手の手綱さばきの上手さによる所もおおきかったのだろう。

 中身のない会話の実践方法

 

 

妻の場合

実は私の妻はかなりの聞き上手で自分で話すのも好きなのですが,周りの人も妻にはよく話すんです。「ええ?そんなことまで話してくれるの?」ということが多々あります。あるお母さんは「○○さんは聞き上手だから何でも話してしまうのよね」と言われたそうです。

 

妻は講師をしているので,それはまさに天職なんだと思います。本人は「うつだから人前に出れない!!」と言っているというわけが分からない状況ではありますが(笑)。そんな妻を見ていて気づいたことを以下,まとめます。

 

質問力

そんな妻を見ていると,質問がうまいと感じます。これはそんなこと聞くの?ということも含め,聞いてしまうんです。例えばこんなことがありました。青森の酸ヶ湯の近くのまんじゅう蒸しというところに行った時のこと。

 

まんじゅうなんてもちろん売っていません。「おかしいねえ」という妻。まんじゅうのかわりに女性器を温める石があって,お年寄りがみんなそれに座っていました。そして妻は「まんじゅうって売ってないんですか?まんじゅうって何ですか?」と地元の人に聞いてしまったのです(笑)。

 

「いやあ,この子ったら。ここのことよ」と地元のばあちゃんに指摘され,さらに「あんたこれ食べなさい」とお稲荷さんまでもらっていました。その時間,30分もありません。

 

いっしょに行った人たちも「さすが…」と言っておりました。空気が読めないと言えばそれまでなのかもしれませんが,うまく相手の懐に飛びこむ質問力は俺にはないなと感心しています。

 

裏がない質問

会話というのは先を考えてするものだと思いますが,そういうのが全くないんです。そういう意味では会話を続けようとして質問もしていません。その時に聞きたいことをしているんです。こういうのって意識的にできないですよね。いやむしろ意識したらできないのかも。

 

本当にこれは衝撃でした。こういうのって真似できないですよね。だから阿川佐和子さんの聞く力よりもうちの妻の方がすごいと思ってしまいます。阿川さんは考えてやっているようですから。

 

 

聞く力―心をひらく35のヒント (文春新書)

聞く力―心をひらく35のヒント (文春新書)

 

 

最後に

妻を見ていると俺にはまねできないと感じています。そういう意味では塾講師という職業にも限界を感じるわけです。例えばあの林修先生も生徒が自ら勉強するようにしむけることに時間を割いています。林先生もそういう修行をしたんですね。授業の中身よりもそういう所に林先生のすごさを感じます。

 

 

いつやるか? 今でしょ!

いつやるか? 今でしょ!