いつか朝日が昇るまで

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子ども使って働く女性批判するなよな

以下の記事読んだだけど、こういうこと言う保育士がいるのかな?辞めた人ならともかく、保育園勤めの人は自分も保育園に預ける訳だから、こういうこと言えないんじゃないかな?


子供に嘘をつかせる社会



あと保育園にいるよりも家族といる方が良いというのは分かるけど、保育士は預けられている間も、親の代わりに愛情を与えようと考えるんじゃない?


結局,これって面倒くさいクレーマーを批判するために「子供の愛情不足」と「子供が嘘をつく」を結びつけてるように思う。「愛情不足」というのはとても便利で、「大声で泣き叫ぶ」、「いやいやする」、「叩く」、「噛みつく」など何でも結びつけられるからね。


でも「大声で泣く」ので「愛情不足」だとかなり印象違うからね。「それって子供なら普通でしょ」と言われる。だからクレーマーを批判するために、わざわざ「子供が嘘をつく」を出したのかなあと思う。


でもこの後の話は,クレーマーほとんど関係なくなります…。

今30代の私達の世代は、女性も働くべき、という価値観の教育を受けて育ったと思っている。男女平等を謳い、男と同等に働く女性は素晴らしいし、それができない今の社会は悪、という教育があった。私も素直にそれに感化され、キャリアウーマンを目指してがむしゃらになったこともあった。私自身は競争社会から脱落してしまったが。しかし今でも競争社会の中で頑張っている同世代のお母さんがいる。その努力は尊いものだ。
だが同時にこう思ってしまう。そもそも女性も働くべき、という価値観は正しかったのだろうか?それ以前に、女性の家事を仕事と認めず、賃金が得られる仕事だけを仕事と呼ぶのは間違っていたのではないか?女性は育児のために退職すると社会に復帰できなくなってしまう、などと言われていたが、専業主婦は社会の構成員ではなかったのだろうか?


この後に女性は子育ての重要性を説くわけですが,この書き方はキャリアウーマン批判と専業主婦を評価しなかった社会に対する批判が混在していてよく分からないんですね。前半だけ見ると,働く女性批判なのですが,その後に,子育ての重要性を説いているわけです。


専業主婦というのいうのはなりたい人となりたくない人がいますよね。それで,なりたいけどなれない人というのはお金がないからなれないのですから,これは先の批判には該当しません。しかし,そもそも専業主婦になりたくない人(キャリアウーマン)もいて,それは仕事が好きな人で,おそらくこの方が批判したいのはキャリアウーマンなのかなとも思う。実際前半の最後に次のような記述があります。

「幼稚園は子供が集団生活を学ぶ子供のための場所だけど、保育園は結局親のための場所なんだよね。本当に働かなきゃ生活していけない人はともかく、両親そろって働く必要あるの?みたいな家の人もいて」
「そろって有名企業に勤めてるとか?」
「そうそう。まぁ、実際のところどうだかはわからないけどさ」

で,それならば子供出す必要ないんじゃない?と思ってしまうのは私だけ?だってキャリアウーマンって子供がいる前からバリバリ働いてますから。みなさんはどう読めました?

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