いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

本気になれないということ〜成功はいつ来るか分からない

以下の記事を読みました。ゆーすと (id:syuraw)さんが大学生だということで、本当にがんばって欲しいと思います。若い時はこういうことでいいと思いますよ。

 

以下のことはおっさんになって今分かることを書いてみたいと思います。もうすぐ40歳ですが,もっと年齢がいった方には怒られるかもしれません…。

 
ここぞって時に本気になれる人となれない人の違いは、当事者意識の有無です。
 
人生には何度か「ここぞ」って場面があります。そこで上手くいくかどうかでその後の人生が大きく変わってしまうような場面――あるいはそこまでじゃなくても、重要な転機と思われる場面。その時心の底から当事者意識をもって臨める人が「本気になれる人」、そうでない人が「本気になれない人」です。本気になれない人は消極的で、目の前の困難を自分の問題として考えることができず、どこか他人事。失敗するのを恐がる「防衛本能」も働き、結局最後まで本気になれずに終わる。そのあとも反省することなく「いや、本気出してなかったから」と言い訳し、次のチャンスも逃してしまう。以下ループ。
 
世の中には本気になって取り組んでもうまくいかないことがあります。もちろんそれは他人が見ると「努力が足りない」「本気になっていない」ということになるわけですが、本人は頑張っているわけです。それで頑張って取り組んでもうまくいかないことが続くとどうなるか、頑張れなくなってくるのです。
 
言い訳のために本気で取り組まないのはまだ余裕があります。人生を降りてしまっているともはや言い訳すら出てこない。「俺なんて…」という言葉から始まるわけです。
 
大学生の頃、新宿で終電が無くなったので、さあどうしようと駅の近くで座っていたらホームレスのおじさんたちがダンボールを貸してくれて一緒に話したことがある。
 
彼らは明るいんだけどもう仕事探して頑張ろうって気にはなれないんだよね。「東京来たら仕事があると思って出てきた」と言うので、「今、こっちの方が仕事があると思いますよ」と言ったら、「そうかなあ」と言ったきりだった。おそらく他のところに移って働くことは無いんだろうなと思った瞬間だった。最後に「富士銀行の隣に住んでるからいつでも来て」と明るい笑顔で帰って行ったが…。
 
私も人生不運ばかりと思っていて、高校生の時は「スポーツで大学行ってやるぜ」と思っていたけど、いつも調子がよくなると怪我してた。大学受験失敗。浪人しても失敗。修士課程は入れたが、博士課程があるにも拘らず進学を断られる。その後、留学しようと思って奨学金は取れたのにビザが1年ぐらい取れず断念。他の大学の博士課程に進学できたが、大学改革の影響で指導教授が他大学へ移籍。その後、指導教授決まらず…。
 
本当についてないと思っていました。何でこんなにうまくいかないのかと。周りでうまく立ち回っている人はうまくいく。「なんで俺だけ…」。腐っていくわけです。
 
でも生きるためと始めた仕事の方ではいい出会いがあって、評価してくれる人が現れ、結婚もし、子供もできた。それで今でこそ思えるのは「もし上の失敗がなかったら今の自分は無かったな」と失敗を肯定できたこと。おそらく全てうまくいったらそういう人生が用意されていたんだけど、それで良いのかどうかは分からない。今という結果があって初めて過去を受け入れることができたわけ。
 
それでこういう風に慣れたのは偶然の産物で、たまたまアルバイトしていた場所でいい出会いがあったということ。これが無ければ今でも「失敗ばかりの人生」と思って、頑張れなくなっていたかもしれない。
 
こういう運みたいなものがいつ訪れるのか分かっていれば、あるいは必ず訪れると分かっていれば頑張れるが、それが分からないから、頑張れなくなってくる。だってまたいつもと同じでしょとなる。10回目に成功するなら9回失敗しても頑張れるけど、20回目だったら続かない。19回も失敗したら自信なんて出てこない。そうやって諦めていく。
 
それで出口が無くなってしまう。それでも生にしがみつくかどうか。このブログにも書いた先輩は死を選んだ。
 
 
一方、生を選んだ人たちに何ができるのかな。生きて行く手助けをするぐらいしかできないのかもしれない。そんなことを考えて、ちょっと気分が沈んで行くのでした…。
 

 

あなたはまだ本気出してないだけ

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