いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

批判するために心がけるべきこと

やまもといちろうさんが最近のブログのコメントに関して凹んでいる人たちを切っております。

 
 
世の中、ナイーブな人は多いんですね。私なんて、こんなに髪量が多くフサフサであるにもかかわらずハゲとネット上で罵られていますし、普通にファンドやったり会社を経営しているのに無職呼ばわりされたりしますが、そんなことは言わせておけばいいんですよ。もっとも、書いたことに対する間違いの指摘や、確かに批判を受けるだろうなあと思われることは自分なりに受け止めて訂正したり反省することはあるわけですけど、基本的には賛成も反対もいろんな立場や考え方、価値観の人がいるわけですから、100%の賛成などあり得ないという理屈が分かっていれば、必要以上に気にするなどないのです。
 
 
確かに何を言っても批判しようと思えばできるわけです。今回、批判される側の話は多く書かれていますから、批判する側はどう批判すれば良いのかについて書きたいと思います。やまもとさん始め皆さんが言っているように聞くべき批判というのもあるわけです。
 
私自身は以下の点を踏まえるべきだと思います。これは研究会などで気をつけていることそのものです。ネットの世界だけのことではありませんし、そもそもネットの世界だけのルールが必要だとも思いません。
 
 
 

好き嫌いだけではダメ

人間ですので相手の言うことが気に食わないとか納得できないとか、そもそもその人の人格が気に食わないとかあるわけです。こういうところからスタートするのが自然なんですけど、それをそのまま言葉にしても聞き入れてもらえることはありません。
 

目的をはっきりすること

自分はなぜ批判したいのか目的をはっきりしなければなりません。ただ文句があるというだけでは聞き入れてもらえません。相手に自分の意見を聞いてもらいたいという目的があるのであれば、それなりの作法が必要です。丁寧な言葉遣いで新たな事実を示さなければ無視されて終わりです。
 

相手の土俵にのること

相手の土俵に乗らない批判というのは聞きれてもらえません。「そもそも俺には関係ないから」とか「そもそも俺の周りにはそんなことないから」というのは、議論の対象にされないので、とりあえず相手の土俵に乗った上での批判をしましょう。
 

批判対象の一番の読者になること

嫌いなのに一番の読者にになるというのは矛盾しているかもしれませんが、何かを批判するためにはそれぐらいでないと、まともに受け取ってもらえないということです。そこまで読み込んで行くと相手も愛を感じてくれるでしょう(笑)。
これは研究でも同じでそれぐらいしないとまともに批判はできないですね。やまもとさんのイケダハヤト氏に対する愛は本物です(笑)。
 
そういう自分がやることに対して具体的に手助けをしてくれるわけでもない第三者の評価を過剰に捉えて、足を止めてしまうというのは何なんでしょうね。叩かれても蹴られても無関係な方向へ反射放射して微妙記事を量産し続けるイケダハヤト師的成分を胸いっぱいに吸い込むべきだと思います。むしろ神と崇めるぐらいの勢いで、存分にチラシの裏に書くようなエントリーを書き続けるうちに見えてくる未来もあるのではないでしょうか。
 
どうでしょうか?思いついたことを書いてみました。まだ足りない部分があるかもしれません。でも、どうせ批判するなら相手に聞き入れてもらいたいと思いませんか?
 
 

 

ムカつく相手にガツンと言ってやるオトナの批判術

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