いつか朝日が昇るまで

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「死ぬ前に後悔する7つのこと」をすべてできる人は後悔しないか?

イロリオで「死ぬ前に後悔する7つのこと」という記事があったので,これって全部できる人がいるの?また全部できたら後悔しないの?という突っ込みをしてみたいと思います。まずはここで挙げられている7つのこととは以下のことです。

 

1. 世間の目を気にせずに生きるべきだった

 

2. 人生の目的をもっと早くに見つけていたら……

 

3. もっとリスクを負うべきだった

 

 

4. もっと自分を気遣うべきだった

 

5. もっと人を愛してやるべきだった 

 

6. もっと多くの人に関わるべきだった

 

 

7. もっとよいパートナー/親であるべきだった

死ぬ前に後悔する7つのこと - IRORIO(イロリオ)

 

ひとつめ「世間の目を気にせずに生きるべきだった」ですが,よく分からないのです。ここでは「型にはまってしまったことを後悔しないように」とあるのですが,要するんやりたことをやれということかな。

 

でもそれって世間の目よりも失敗した時のリスクを考えているわけで,そちらを選択して後悔する場合もあるわけですから,「世間の目を気にせずに生きる」ことが後悔しない人生につながるを言えないと思いますよ。

 

ふたつめは「人生の目的をもっと早く見つけていたら」ですが,人生の目的を見つけられなくて後悔するなら分かりますが,早い遅いはあまり関係ないですね。中身を見ると人生の目的を見つけられないことを後悔するという内容なのでタイトルがおかしいのでしょう。

 

みっつめは「もっとリスクを負うべきだった」とありますが,成功者を出してこのような発言をするのは常套手段ですね。成功者と同じくらい失敗者がいることを忘れてはなりません。

 

よっつめは「もっと自分を気遣うべきだった」ですが,これはその通りだと思います。健康は大切ですからね。もっとも体調を崩したことがあるので,そう感じるのかもしれませんが。

 

いつつめは「もっと人を愛してやるべきだった」ですが,人を愛し,人から愛されることが重要だということです。これもその通りだと思いますが,程度問題なので,その愛し愛される範囲が人によって違っても良いわけです。

 

むっつめは「もっと多くの人に関わるべきだった」ですが,これって人に関わらないで生きている人はいないので,どの程度関われば良かったのかわかりません。中身を見ると「人を助けること」が人に関わるという意味だと考えられます。これは重要なのかもしれませんが,「死ぬまでに後悔すること」なのか分かりませんね。

 

ななつめは「もっとよいパートナー/親であるべきだった」ですが,これは家族との関係ですね。家族との時間をもっとすごすべきだったとなるわけですが,これってもっと前に気づくと思いますよ,普通。自分が家族の中でどのような位置にいるのか分からない人なんでいないでしょうから。

 

まとめ

こういうことをすべてできる人ってどんな人なんでしょう?人間ってそんなに完璧ではないですから,悪いと思っていてもやってしまうし,直すことができないと思うのです。さらに言えば「後悔しない人生」が良い人生なのかということ。人間少なからず「あの時ああしていれば…」という瞬間があるはずです。

 

しかしそれと同時に「あの時こちらを選んでよかった」と思えることもあるわけです。「こうしていればよかった」というのはあくまで結果論なので,その時その時で「これだ」と思える選択をすれば良いわけです。それは結果がどうあろうと最善の選択なのですから。みなさんはどう考えますか?

 

 

死ぬときに後悔すること25

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