いつか朝日が昇るまで

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再び女性手帳に思う

女性手帳の話が出ていますが,以下の記事でその違和感が説明されていたので,紹介します。


「女性手帳」に感じる強い違和感の原因は何だろう。


引用
この違和感はどこから来るのだろう。
まず、少子化の問題は、女性の問題、女性たちの意識に問題があるのであり、それを矯正・調教しなければならない、という国家の「上から目線」を強く感じるからではないか。
少子化は決して、女性の意識の問題ではない。男女ともの問題であるし、もっといえば社会の問題である。
女性が子どもを産み、育てづらい社会の責任は政治にあるのだから、国こそ責任を感じて、根本にある社会問題を解決すべきなのに、その責任を棚に上げ、女性たちに責任を転嫁して、女性たちに産み育てる自覚と責任を痛み入らせて、問題を解決しようなんて、まさに本末転倒である。
少子化の原因は今の社会にあることは既に明らかではないか。待機児童を速やかになくさないと(保育の質を下げないで)、女性たちは仕事に復帰できない。
多くの女性たちは、非正規・不安定雇用に従事していて、育休も取れないような職場環境に置かれている。非正規・不安定雇用についている厳しい規制をかけて、働きながら子育てが安定してできる生活を保障しないといけない。
男女ともに若い世代が抱える将来不安と貧困を解消しない限り、子どもを産むのは難しく、雇用と貧困をめぐる状況を解決しないといけない。


待機児童の問題など解決すべき問題はたくさんあることは確かですね。「子育ては家庭で」という思考回路から脱却しなければいけないでしょう。


引用
もうひとつは、個人の生き方、特に子どもを産む、うまない、何歳で生む、というのは、個人の自由に属する問題であり、国が干渉・介入すべき問題ではない。国家が、個人の出産計画に介入して悪名高いのは中国の一人っ子政策であるが、国家が個人の出産計画に介入する、という点で手帳のほうが微温的であっても同様の問題がある。国際的にも明確に確認されている「性と生殖に関する権利」(リプロダクティブ・ライツ)を尊重しない姿勢であり、人権感覚があまりに乏しいと言わざるを得ない。
まして、適齢期を啓蒙して、「晩婚・晩産化に歯止めをかける狙い」というのはいったいどういうことなのか? 職場で上司が実施したらセクハラに該当するであろうことを国が行って良いのか? 
国があるべき国民の生き方のモデルを提唱する、ということ自体、全体主義的でぞっとする。


ただこれは「指導」のレベルがどの程度なのかによるでしょうね。ただ手帳を配布するだけなら問題はないように思います。これがその計画を守るための縛りみたいなものがあると問題ですが。

引用
もうひとつ、今は不妊が大きな問題となっていて、不妊治療をしても妊娠せず子どもをあきらめなければならない人もいる、不妊治療はお金がかかるから断念せざるを得ない人もいる。また、思い描くパートナーに巡りあえずにシングルで生きる人もたくさんいるし、シングルを選ぶ「おひとりさま」もいる。
異性愛ではない人たちやトランスジェンダーの方もたくさんいて、ようやくカミングアウトできるようになった。
そうした個々の人たちについて考えると、啓蒙すれば子どもが生まれるわけではないのだ。


そういう問題を含めて話し合う必要はあるでしょうね。それに女性手帳という形が合わないのは確かでしょうね。男性も含めて子どもを持つことや恋愛について話す機会は必要でしょう。いつすべきかという問題はあるでしょうが。


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