いつか朝日が昇るまで

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続・ベビーカー論争って何ですか?

今回はベビーカー論争の続編をご紹介します。

検証・ベビーカー論争はなぜ起きた?【後編】


引用
子育て女性はマイノリティか”勝ち組”か


白河:ベビーカー論争にしても、女性の雇用問題にしても、旧・既得権益層とそうじゃない層との闘いだな、と思うんです。「女は家で子育てしていろ」という既得権益層と、そうではない新しい世代との対立。それが全部の根本にある。

常見:「昭和VS平成」みたいな世代対立の構図があるのかなぁ、と思いますね。


会場には、女性、男性、お子さん連れのお客さんも
水無田:実は今、子育て世帯ってマイノリティなんですよ。今や、一番多いのは1人暮らし世帯ですから(32.1%、2010年国勢調査)。

白河:6歳未満の子供がいる世帯の割合って、10%切ってますよね(9.4%、同)。

西森:たしかに子育てをしている人はマイノリティかもしれないけど、マイノリティだからこそ希少性があると思われることもあるのかも。逆に未婚で子供もいない人たちも数という意味ではなく、立場としてはマイノリティだと思っているんじゃないかと。というか、そもそも、今って誰もかれもがマイノリティ意識を持ってるのかもしれません。

 そういうことをふまえると、子供のいる女性たちは、数的にはマイノリティだけど、一方では、優秀な“特権階級”のように見えているのかもしれません。もちろん、苦労しているお母さんたちがたくさんいるのもわかるけれど、イメージではそれが勝ってしまっているんじゃないかと。

 それから、朝の通勤電車の異常なまでの混み方を経験すると、すごく殺伐とした気持ちになるのは納得できます。あの電車に乗っていると、ベビーカーでなくても、もう誰もかれもがお互いの邪魔になっているという感じですよね。今って、ベビーカー論争に限らず、立場の違う人への理解がしにくい社会になっていると思います。個人的な感情が理由になってるだけではなくて、それぞれが分断するような仕組みができあがっているんじゃないかと。

 だから、いろんな局面でそういう不寛容な心情が噴出しちゃっていて、ベビーカー論争もそのひとつなのかもしれません。だからと言って、ベビーカーのお母さんたちのことはを責めるのはもちろん違うんですけど、論争になる背景ってそういうところがあるのかなって。

西森:マイノリティなのに、なぜそう思われないかと考えると、「結婚して子供を産んだ女性は“勝ち犬”だ」「そうじゃない女性は“負け犬”だ」と言っちゃったことが大きいと思うんですよ(『負け犬の遠吠え』2003年、酒井順子著)。酒井さんはそういうつもりではなかったけれど、受け取られ方として独り歩きしてしまったのかもしれません。


確かに子育て世代は人数的に少ないので,政治に声を届けるのも難しいのかもしれません。そういう意味で今回の安倍政権で出てきている政策のどれぐらいが実現されるのかよく分かりません。


ただ子供を持つのが特権階級なのかなとも思います。子育てしている身からすれば,独り身の方が良い暮らししているように見えますが…。


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