いつか朝日が昇るまで

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承認されなかったら辛い社会を作ったのは誰ですか?

以下のブログを読んだのですが,これって若者だけの問題なんですか?と思ったので,私なりの考えを書いてみたいと思います。私が気になるのは次の部分です。

 

 要するに言いたいのは、承認への要求水準が上がったために、「承認されていない」という不全感がひろまっているのではないか、それはちょっと不毛な事態なのではないか、ということです。極論のようですが、皆から承認されなくっても、別に死ぬわけじゃないでしょうに、ということです(もちろん、承認されたいという向上心も、必要っちゃあ、必要ですが)。

 

(省略)

 

新たな承認の共同体への入り口を見つけられない若者たちは、当然のことながら、たいへんな落ち込みを経験します。しかし、しかしです。定職を得ずに卒業をむかえたとしても、すべてを失い、すべての可能性を閉ざされたと思い込むのは早計です。極論のようですが、そうなったとしても、別に「命まで奪われるわけではない」のです。家族や恋人が、もう少しの間、支えてくれることもあるでしょう。そんなものない!という人でも、アルバイトなど非正規雇用先は確保できるのではないでしょうか(もちろん、何らの命綱もその手に残らない、もしくは最初からまったく手のかからない若者たちも存在します。が、そうした人々への保障や社会的包摂といった問題を論じる能力は、残念ながら私にはありません)。

ならば、もう少し生き延びていくための最低限の「承認」は、家族やアルバイト先などから、それなりに得られているということです。そうしたミニマムな承認を頼りに、どん底期(底つき体験?)を乗り切れば、いつかは世話になった人たちにお返しできる日も来るかもしれません。あまり多くの承認をいきなり求めずに、まずは最後の最後に頼れるミニマムな承認(の互酬が可能な相手)の確保を。それが確保できたならば、その関係性をとことん大事にしましょう。そうすれば、どん底からの再浮上の過程で、徐々に承認しあえる新たな友人・知人を増やしていき、自分がメンバーとしてありうる承認の共同体を再構築できるかもしれません。少なくとも、死んでしまえばそうした可能性も残らないことは確かです。そして遺された者たちには、死んだ者からの「不承認」のみが、重たく突きつけられます。

 大学生に見る若者の「承認」欲求の現在(難波 功士) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

 

 

そもそも定職見つけられなかったら生きられないような社会にしたのは若者ですか?違いませんか?また就職活動をしている学生に「定職を得ずに卒業をむかえたとしても、すべてを失い、すべての可能性を閉ざされたと思い込むのは早計」とは言えないでしょう。

 

もちろん承認のハードルを下げて身近な人間からの承認を確保せよというのは分かるのですが,それでもなお社会からの承認が必要になっているわけです。働かなければ生きられない,新卒採用されなければどうするの?と考えるのは普通です。

 

現在,若者がこのような「承認」欲求を持っているのならば,それは社会の反映しているのであって,そういう社会を作ってきた大人たちにも責任があると思いますよ。

 

そう言えば次のような記事もあって大学の教育って何なのでしょうねと思ってしまいます。どこに自分たちの責任を置くのか,安易な若者論や若者の現状を嘆くだけでは何も解決しないと思いますが,どうでしょうか?もちろん,これは私も含めて責任を負っていかなければならないわけですが。

 

  全国の大学の学長の8割超が「自校の学生の学力に課題がある」と考えていることが、リクルートマーケティングパートナーズの「入試制度に関する学長調査2013」でわかった。同社が2014年1月7日、発表した。

   多くの大学で「課題」と認識されているのは、「学生の学力」が85.3%、次いで「学生の意欲」の71.1%、「定員の確保」64.3%と続いた。

   「学生の学力」の内訳は、「大きな課題」との回答が26.1%、「ある程度の課題」が59.2%だった。国公私立別にその割合をみると、私立が93.7%で最も高く、国立は57.6%、公立の61.5%を大きく上回った。課題には「高校の到達度の低下」もあった。

 大学学長の85%が「学生の学力に課題」 私大は9割超 : J-CAST会社ウォッチ

 

 

「認められたい」の正体 ― 承認不安の時代 (講談社現代新書)

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