いつか朝日が昇るまで

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第三の場所は裸になれる場所

いぬじん (id:inujin)さんの以下の記事を読みました。いつも記事を楽しく拝見していてどこかで絡もうと思っていたので今回チャレンジします(どうもすいません)。

 

そこで今回の第三の場所(サードプレース)について考えたみたいと思います。まずはいぬじんさんのサードプレースについての考え方から。

 

僕がサードプレイスに一番に求めるのは、再生だ。

 

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別に、傷をなめ合うことが重要だとは今でも思わないけれど、一時的に危機的状況から退避できる安全地帯みたいなものは必要だと感じる。

 

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サードプレイスを通して、普段は接することのない人々と交流をすることで、自分はずいぶん偏った価値体系の中で生きていたと気づくことができたり、あるいは自分以上にガチガチにコンテキストにとらわれてしまっている人の存在を知ったりして、視野が広がることがあると思う。

 

少し肩の力を抜いて、ゆとりをもって周りを見渡すことで、もっと良い取り組み方や、もっと楽しい選択肢があることに気づければいいなあと思う。

 

 

 

僕がサードプレイスに求める再生とは、傷だらけのまま凝り固まって身動きできなくなってしまった自分を解きほぐしてくれる、まずはそういう作用のことだ。

 

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もちろん、再生のプロセスは、解きほぐすことだけにあるわけではない。

 

また、せっかく勇気を出して自分の本音をブログに書いたのに炎上してしまう、といった場合、再生どころかさらにダメージを負ってしまうじゃないか、という反論もあると思う。

 

だからサードプレイスはブログだけにあるわけではないし、人によればそれがスナックでカラオケを歌うことなのかもしれないし、野山でキャンプをすることなのかもしれないし、何かのコンテンツにハマることなのかもしれない。

 

 

ただ、あえて今、僕がブログを第三の場所として考えているのは、そういうサードプレイスでは得られない楽しみや発見があるからだと思う。

第三の場所は、どこにある。 - 犬だって言いたいことがあるのだ。

 

ということで第三の場所を「再生」の場とし,それをブログであるとしているわけですが,まずは第一,第二の場所は何かを示す必要があります。それはいぬじんさんによれば仕事と生活の場と言うことになります。

 

仕事や生活の場で傷ついた人が第三の場所で「再生」するとなるわけです。確かに現実世界ではやりたくもないことをやらされたり,言いたいことを我慢したりしてストレスがたまっていくことでしょう。そのような痛みやストレスを回復する場が必要なのはみんなそうかもしれません。

 

ではなぜブログで「再生」できるのでしょう?それはいぬじんさんも少し触れている匿名性が関係あるかもしれません。

 

私はここで匿名,実名論争をするつもりはありません。もしそのような話をご覧になりたい方は以下のまとめをご覧ください。

 

匿名発信の事前規制について~モトケンさんと小倉秀夫弁護士のねこぱんち~ - Togetterまとめ

 

それで,このブログも匿名で書かれていますが,匿名を良いことに人を誹謗中傷する人は許せません。かといって,みんながすべて実名になればよいという意見には賛成できません。その理由は,今回の第三の場所の話と関係あります。

 

なぜ匿名なのか。これは自分の本音が言えるという意見が多数だとは思いますが,別の視点から言えば,実生活の属性から離れることができるということだと思います。例えば仕事ではそれぞれ会社組織の立場があり,そのように振る舞うことを余儀なくされます。またそのように周りからも見られます。

 

生活の場でもそうです。よくあるのは「○○くんのママ」「○○くんのお母さん」。こうなると一個人としてその場に存在しているという実感が持てなくなってくるのではないでしょうか。

 

しかし,匿名でブログやツイッターを行えばそこには個人の属性から離れた一人の人間として他の人の前に立ち現われることができます。「私」が「私」として存在することができるのです。そういう意味では匿名を良いことに誹謗中傷を繰り返す人はそういう「私」なのでしょう。

 

それで,生活の場でも仕事の場でもできない一個人として第三の場所(ツイッターやブログ)に立つことは本来の自分を取り戻したような気になるのかもしれません。そこでは何にも縛られない自分の意見を言え,また生活の場や仕事の場ようなバイアスがかからないと言えるかもしれません。

 

しかし,このような第三の場所も現実世界と全く切り離されて存在しているわけではないので,全く裸の状態の個人として立ち現われるのは不可能かもしれません。実際に私も「研究者」としてブログを書いているので,「研究者なのに…」という批判コメントはよくもらいます。

 

しかし,それでもこのような場を利用して,いぬじんさんのいう「再生」が行われるのであれば,そのような場所を守っていかなければいけないなと思います。それは匿名で発信している人たちの役目だと考えています。どうでしょうか?