いつか朝日が昇るまで

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理想の育児,現実の私

理想の親と現実の私の狭間で悩む。育児をしていればみんな感じることではないでしょうか。以下の記事を読むとそれがよく分かります。しかし成長するにつれて現実の問題のみが出てくるのではないかと思います。

 

育児の中で、こうできたらいいなぁ、と思ったり、こうしたらいいんだろうけどね、と思ったり、「頭でわかっていること」はいくらでもある。そして、それらのほとんどは、たいていうまいこと実行できないで毎日が過ぎて行く。

 

そういう時に、なんらかの「できる母像」を提示されると、比較したり劣等感を持ったり、自己防衛的に反感を持ったり……そういう気持ちになりがちなのだ。

 

その「できる母」が悪いわけけじゃないなんて100%承知の上で。

 

まぁ、本気で劣等感を持って落ち込んだりするわけではないのだけれど、「あぁ、今、少し胃の奥の方がくしゅっとしたのは、私、比べたよね」という瞬間に、時々遭遇する。 

 「できる母」の姿は見たくない ~育児の理想に母は弱い~ : MAMApicks -子育て・育児・教育ニュース&コラムサイト-

 

 

これらは自分の理想の母親像というのがあって,それに届かない自分というのが他者を通して見えてきて,辛くなるという感じではないでしょうか。しかし,これは間接的なダメ出しです。では直接的なダメだしされるとどうなのか。

 

こういうストレートなのは、意外と気にならないんだな。ダイレクトに指摘される方が、まじめに受け取ることも、受け流すことも、はねのけることも、簡単。

 

 

「できる母」モデルを見せつけられる方が、なんだか、じわじわと、迫り来るものがある。実行出来ている人がいるという厳然たる事実を見たくないんだろう。

 

確かにどちらも見知らぬ人に言われたのであれば,そうなるのかもしれませんが,現実にママ友づきあいをしているとちょっと違うと思うわけです。つまり友達の場合,間接的に言われるよりも直接的に言われた方が辛いわけです。

 

例えば「私はこうしている」というお母さんがいて,「だからこういうことはしないで」と言ってくるお母さんがいます。それが正しいかどうかは分からないというのが,もちろんあるわけですが,「育児はこうあるべき」という意見を耳にすると,それができない自分たちはダメではないかと感じてしまうわけです。

 

また関係がその場限りではないため,落ち込んで終わりという訳にはいきません。それが辛いわけです。

 

一方,間接的な場合,つまり友達の育児を見て劣等感を抱くことはあるわけですが,素直に「すごいな」と感じるだけです。もしくは「彼女を見習ってみよう!」と行動を改善するのではないでしょうか。しかし,直接言われたときの打ちのめされた感は言葉にはできません。妻の落ち込み様を見ると本当にそう感じます。

 

以前にも以下のような記事を書きましたが,見知らぬ人であればその場限りで終わりますが,ママ友というのは長い付き合いがこれからも続くわけです。

 

しつけの違い~ママ同士で妥協できるか - 研究者はつらいよ~研究者の子育て&日々雑感

 

また「理想の母」で悩むのって幼児期だけなのかもしれません。段々と成長していくと育てるという感覚よりも,現実として子供に向き合うということになるのかもしれません。次のような話を聞きました。

 

あるお母さんは娘がやんちゃな性格で,あるクラスメイトにいたずらしていたようで,それを知ったお父さんとたまたまデパートで会ったようで,一方的に文句を言われて泣いてしまったようです。子どもの世界ですので,いろいろなことがありますし,ひどいいたずらをしていたのかもしれませんが,詳細が分からぬままいろいろ直接ダメ出しされる親…。つらい経験です。

 

つまり子どもが成長すると,理想がどうかということではなく,子どもとどう向き合うのかという現実の問題になっているのだと思います。これは他の家族がどうかという比較ではなく,自分たち家族がどうするのかという問題になるということなのかもしれません。

 

私達家族もそういう経験をすることになるのでしょうか…。正直,不安ではありますが,皆さんはどうでしょうか?

 

 

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