いつか朝日が昇るまで

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誰が算数・理科好きになるのかは誰にもわからない

ちきりんさんの以下の記事読みました。学校教育の内容についての批判です。私自身もその教育内容に関して「こんなことが必要では?」と思うものもありますが,それは現在の私の視点であり,結果論であると思うのです。また賛否両論があるのは当然でしょう。

 

換言すれば、「全員に与えるべきは、技術者や研究者になるための専門教育ではなく、生活者として自己決定ができ、健全に安全に生きていけるようになるための科学リテラシー」だってことです。

 

 

ところが今の理科や数学で教えられている内容は、ほとんどの人には生涯を通じて無関係です。

 

 

そんな内容を義務教育として教えられ、7割近い生徒を「落ちこぼれ」や「勉強嫌い」にしてしまうことにポジティブな意味があるとは思えません。

 

(省略)

 

もちろん理科や数学が好きな 3割の人には、早くから思う存分教えてあげてください。どんどん飛び級させればいいし、もっともっと高度なことを小学校でも中学校でも教えればいいと思います。

 

実際、全体の(最大) 3割くらいの人は、ああいうことを理解しないとできない仕事に就いているんだと思うしね。

 

 

だからといって興味も能力もない人に、理科や算数を 12年間も教え続ける必要はありません。

 

“全員”にそんなこと教えるより、3割の人にもっと高度なことを教えた方が、あきらかに「科学技術立国」という国づくりには役立つはず。

 

「全員で同じことをやるのが平等だ」という歪んだ平等思想こそが、多くの人たちを不幸にしていると思うのです。

Chikirinの日記

 

ここにある問題は二つあります。①結果として算数や理科を必要としない職についているとうこと,②算数や理科が好きになる可能性がなかったのか,つまり教え方や教育システムに問題がなかったのかという点です。

 

①に関しては現在必要としていないというだけで,必要とする職業に就く可能性は誰しもがあるわけです。今,必要としていないから教育する必要がなかったというわけではありません。ちきりんさんも書いている「全体の3割」というのは,事前に決まっているわけではなくて,結果的に3割の人がそういう職についているということです。そのため教育する段階で「3割の人」を探し出すことはできないと思います。

 

②に関しては教え方や教育システムの問題が大きいというがあるわけです。例えば小学生の時に算数が好きになれば,中学で数学にも積極的に取り組めるでしょう。また,分からない時にそれを解決できるような教育システムであれば,算数の落ちこぼれができることもないと思うわけです。私自身は国語ができて算数ができないというのは教え方が悪いと考えています。

 

もちろんちきりんさんが言う科学リテラシーが必要だという主張も分かるわけですが,そのハードルは現在の義務教育よりも高いと思いますし,それが義務教育として教える内容として必要かどうかというのは議論が分かれるでしょう。私自身は高校も含めて,高等教育で教えればいいと思いますが。

 

専門的な知識というのは基本的な知識の上に成り立っているので,基本的な知識を義務教育で身につけさせることが必要だと私は考えますが,みなさんはどうでしょうか?