読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

大量にある情報から必要なものを選び出す難しさ

日々のくらし 子育て

以下のズイショ (id:zuiji_zuisho)さんのエントリーを読みまして,そのモヤモヤ感はよく理解できました。それでなぜそういう「○○論」は見ないという人がいるかというと,大量にある情報の中で何が必要な情報かを選ぶというのが非常に難しいというのがあるからだと思うのです。

 

言わんとしていることはわかるんですよ。とある「○○論」を盲信した挙句わけわからん方向にわけわからん角度で突入してもうそのまま燃え尽きちゃえよみたいな話ってよくあるじゃないですか。特に育児なんてのはそのまんま十人十色なわけで、「こうすれば絶対うまくいきますよ」なんてのはありえない。それでもいざ困った時に自信満々に書かれてた論に頼りたい、信じたい、アテにしたい、「こうすればいいんだな!」となるへそアドレナリンを分泌して早くラクになってしまいたいって思っちゃうのも人間で、そうならないためにも知識には頼らない、○○論は読まない、っていう理屈はわかるんですけど。それは結局○○論をどの程度理解してどの程度信用してどの程度参考にするかっていう話をすればそれで良い話なわけで、もちろんまじで十人中十人が相手にする価値のない糞みたいな○○論もありますし、十人中十人に当てはまる○○論は存在しないんでしょうけど、なので「読まない・頼らない」が結論っていうのはバランス的にどうなんだろうみたいな。

「○○論」との距離の取り方 - ←ズイショ→

 

自分に必要なものを選び取るのは自分に経験があるものであれば,可能になります。例えば研究。これは自分の中に今までの蓄積があるので,大量にある情報の中から自分に必要なものを選び取ることが可能になります。これは研究以外でも仕事や勉強でも同じでしょう。

 

しかし,育児は違います。どんな人も子どもを持った場合,初めて育児をする瞬間がくるわけです。そんな時に何かを参考にしてもうまくいかない。別のものを参考にしてもうまくいかない。さらにそんな風にうまくできない自分に落ち込む。こんなもの全部見るのはやめてしまえ!!となるのも分かります。私の周りにも自分の直感を信じて,育児をしている人がいます。

 

その人は「私は○○信じないから」と断言しているので,周りの人の反応は「…」なのですが,客観的にその育児がうまくいっていると周りには見えなくても本人はそれで納得しているわけです。

 

実際に育児書に振り回されている人は,自分も含め多くいるわけで,周りのアドバイスも育児書に基づいていたりして,「寝ないのはあなたの寝かし方が悪い。こういう風にすればいい」とどこかで読んだようなアドバイスをされて,それやったことがあるんですけど…と思うわけです。そういう時は「人の言うことなんてあてにならない」「育児書なんていらない」と思ったものです(でもいっぱい持っていましたw)。

 

そういう経験を経て,現在なんとか育児ができているのは,その時に育児書を参考にしたことよりも,それで失敗したことで自分たちのやり方ができてきたからだと思うわけです。だから育児書そのものが役に立ったとは思いませんが,ある意味,育児書によって育児ができるようになったとはいえると思います。

 

人間というのは大量の選択肢が提示されていても,毎日違うものを選ぶということはないようです。例えば食堂に行けばいつも同じものを頼む。選択肢が大量にあったとしても,それを自分で考えて選んでいくというリスクよりも,慣れ親しんだものを選んでいく方が楽だし,安全だと思うのは当然でしょう。

 

そういう意味では,大量にある情報の「○○論」を見ないことがリスクを回避する方法だということでしょう。しかし,これは現状を維持していく場合。食堂の例がそうですが,毎日の食事に変化を求める必要はありません。しかし,育児などでは状況が日々変化していく中では,現状維持は望めず,何かを参考にして試してみる必要性が出てきます。それが結果,失敗だったとしてもそれで前に進めると思います。

 

ですので,結論としては今までの経験がない以上,何が必要かは分からないので,最善のものを選ぶことはできないが,それが失敗したとしても前には進めるかなということです。実際にそんなものだと思うのです。そんな感じで選べる「○○論」なら良いのかなと思います。法外な金額を取って「○○論」を教えるのはどうかと思いますが。

 

 

情報を捨てるセンス 選ぶ技術

情報を捨てるセンス 選ぶ技術