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いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

母との心の距離は果てしなく遠い

子育て 日々のくらし

私の母親はとてもきれいだと言われていて,若い時は他の職場から人が見にくるほどでした。小学校の時も「○○のお母さんきれいだね」と言われることがたびたびありましたが,自分の母親ではないような感じがずっとしていました。そんな母親との心の距離は近くはなく遠いもので,今でもその距離は埋まっていません。そんな母から以下のようなメールが届きました。

 

 ○○の小さい頃を考えた時、色々な事でお母さん自体めっいっぱいでした。子供達には、申し訳なかったと思っています。でも、みんな いい子に育ってくれて感謝しています。なかなか言えなかった事メールしました。 ありがとう嬉しい顔

 

なぜこんなメールを送ってきたのかというと,私が「自分の怒りっぽい性格で苦労した」と言ったら,「そんなことあったの!!」と言ってきまして,私が「ああやっぱり何も分かっていなかったんだな」と思ったからです。おそらくそういう空気を感じ取ったのでしょう。それでこのようなメールを送ってきたのです。

 

私は三人兄弟の一番上で,下の弟とは2歳ずつ離れているので,小さいころに母親に世話をされたという記憶があまりありません。父親は日曜日には必ずどこかに行ってしまっていたのでもっと記憶がありませんw。

 

おそらく母親は弟たちの世話に忙殺されていたので,私は祖母に育てられたという記憶が鮮明にあります。そういう意味では祖母との距離の方が近い感じがします。今はもう亡くなってしまいましたが…。

 

このブログにも書いたことがありますが,保育園から小学校にかけて私はいじめにあいました。小学校時代のいじめというのは一人のいじめっ子がいまして,それが主導して特定の人物を「無視する」というもので,昨日まで仲が良かった人が急に話をしてくれなくなるという状況。私には原因は分かりません。おそらく無視している側にも理由はありません。言ってみればゲームみたいなものなのでしょう。ですから私がずっと無視されているわけではなく,急に話をしてくれるようになったりするわけです。当然,被害者は私一人ではありませんでした。いろんな人が順に無視されていくような状況が続くわけです。

 

そういう状況でも親に言ったことはありません。田舎なので親同士が知り合いで相談しても無駄だったと思われますが,当時は相談するなんていうことは頭に全く浮かびませんでした。

 

私がそんな苦しい状況だったことを親はおそらく知らないだろうと思います。結局,このいじめはいじめっ子がみんなに相手にされなくなって終わるわけですが,なぜかその時だけ学級会が開かれ,「いじめよくない」みたいな話になって,「いやいや俺たちもいじめられてたんだけど」とは思いましたが,先生には「いじめられたからいじめ返すのは良くない」という考えがあったようで,当時私は何だこれはと思ったものです(女の先生でこういう問題に熱心だったのだと思います)。

 

その学級会でいじめた人のお母さんの言葉が紹介されました。その言葉は今でも鮮明に覚えています。そのお母さんはこういったそうです。「いつかこうなると思っていました」。その時の私の感想は「うらやましい」だったんです。「このお母さんは子供のことをよく見てたんだ。うちの親は知らないだろうな…」。そんな気持ちでした。

 

その後,このいじめっ子とも仲直りし,そのお母さんがとてもうれしそうな笑顔で迎えてくれてのを覚えています(今では唯一の親友と言う感じ。心の痛みを共有したからでしょうか)。

 

母親として精いっぱいだったのでしょうが,子どもとしては愛情をかけられていないと感じていたんだなと思います。特に自分が子育てをすることになり,当時の自分の気持ちも思い出すことがあります。果たして自分は子供にしっかり愛情をむけて接することができているのだろうかと。

 

今の自分が子供に愛情をしっかりと向けられているのかという自信はありません。私も自分の母親のように「申し訳なかった」と思う時が来るのかもしれません。でもそれが分かるのも,そう感じるのもまだまだ先の話でしょう。その時に初めて母親との心の距離が埋まるのかもしれません。いつになるか分かりませんが,自分の母親が生きていることを願っています。 

 

 

 

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