いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

能力や結果よりも重要なものがある

以下のエントリーを読みました。私もはなこ (id:hana5521)さんと同じ意見です。これは塾業界に携わってきたのでよく分かります。

 

子どもにとって重要なのは、“今まで出来なかったことが出来た”ということで、それは“自分の努力がもたらしたもの”だと認識することではないか。
それによって子どもは困難なことにも立ち向かっていく自信をつけるのではないだろうか。

私はこれまでの経験からそう思っている。

私は子どもが何かに挑戦したときに、成功しても失敗しても「よく頑張ったね。」と、まず最初にいってあげようと思う。

 

能力がなくたって自信をなくす必要はない。
そう教えてあげるのだ。

私は子どもに「頭がいいね」なんて言わない - わたしに瓜二つなこの子と。

 

今まで以下のようなエントリーを書いてきましたので,こちらも参考にしてください。

結果で褒めない、努力で褒める - いつか朝日が昇るまで

「魔法の言葉」なんていかがわしい言葉は子育てでは役に立たない - いつか朝日が昇るまで

 

それである幼児教育を絶賛していたお母さんが,後に「あれは間違いだった。○○先生の言葉を信じすぎていた」という話を紹介したいと思います。

 

この幼児教室は「褒める」ということを推奨しています。しかし,本来「褒める」ことと「叱る」ことは両立するはずなのに「褒める」ばかりが優先されていました。何か悪いことをしても叱らない。そういうことをしていると子供は何でもしてしまいます。「叱る」というのは大人が基準を作ってするものなので,子供に合わせるというのは間違っていると思っています。

 

しかしその基準を作ることを放棄しただけでなく,とにかくその子の能力,良い結果に対して「褒める」。それで子供は自分の能力がすごいと思って継続的な努力をしなくなる。さらに問題になったのはカンニング。結果で褒められるわけですから,その結果を維持しようとカンニングしている子どもが多くいました。

 

現在,彼はちょっと勉強して結果がよくなればまた勉強しないということを繰り返すようになってしまっているようです。その彼は今,高校3年生。大学受験をして医学部に行きたいと言っていますが,おそらく厳しい状況でしょう。

 

人生において必ずしも努力が良い結果に結びつくとは限りません。しかも,それは必ずしも「努力が足りない」ということを意味しているわけではありません。「能力」なんてものは相対的なもので,自分よりも優れた人は世の中にたくさんいます。これは大人の社会では常識です。

 

よく要領が良い・悪いという言い方がされて,楽して結果を勝ち取ることがすばらしいことだと言われることがあります。それは確かにそうなのですが,そうして勝ち取った結果に対して満足できるかどうかの方が重要です。楽して結果を出すことだけが目的になってしまうと,その結果に対する満足感はなくなります。またそこに向かって情熱を傾けることはなくなります。むしろ自分で考えた結果の方が,たとえうまくいかなくても満足できると思うわけです。

 

だから子どもには結果や能力に関わらず何かに継続的に情熱を持ち続けるようになってほしいと思います。情熱をもってを何かを行えばたとえ結果が出なくても人生を楽しめ,自分の存在を実感できると思うのです。今の自分はそうだと思えるというのもその理由です。

 

最後に以下の言葉で閉めたいと思います。

 

「才能とは継続する情熱である」(モーパッサン)

 

 

モーパッサン短篇選 (岩波文庫)

モーパッサン短篇選 (岩波文庫)