いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

そもそも住民同士の対立として描くことが問題~保育問題を考える

以下の記事を読みました。私がこういう記事を読んでいつも思うのは,子育てを巡る問題を住民同士の対立として描くことです(タイトルからしてそうなのですが)。そういう問題の調整するのが政治の役割なのですが。例えば以下の問題。

 

 警備会社のステッカーが貼られた瀟洒な邸宅の壁面に、黄色の垂れ幕がかかっている。

<保育園建設 反対>

<税金のムダ遣い!!>

 (省略)

 住民の「夢工房池田山保育所に反対する会」は今年2月、約1700人分の署名と要望書を都と区に提出した。朝夕に送迎の自転車が行き交うと、ペットを散歩させる高齢者が危険にさらされる。夜遅くまで開園すれば照明や騒音で睡眠を妨げられる。そもそも池田山は高齢者が多いが乳幼児は少なく、保育園のニーズはない──。

「反対する会」の代表、デザイン会社社長の船曳鴻紅さん(66)はこう話す。

「住民エゴだという人もいるが、私たちはこの閑静な環境のために高額な固定資産税や相続税を納めている。反対者の3分の2は女性です。子育ての苦労を想像できるし応援したいからこそ、なぜここに保育園をつくるのか理解に苦しみます。もしも災害が起きたら高齢者の避難に手一杯で、子どもまで助けられない。無責任に受け入れることはできません」 

 現代に子どもを育てる親たちはワガママ? 子育て阻む「言論」の壁 〈AERA〉-朝日新聞出版|dot.(ドット)

 

 

しかもこの主張をよく読んでみると子育てそのものを応援する気持ちはあるが,無責任に受け入れることはできないということなんです。ということはその場所ではなく,別の場所に小さくても良いので保育園を作るという知恵が求められるのではないですか?もちろんこうした問題は日本だけの問題ではないので,日本の特殊な事情とすべきではありません。

子どもの声は騒音? - いつか朝日が昇るまで

 

この後の論調も対立がありますよという内容です。例の杉並区議も登場。

 杉並区では昨年2月、認可保育園に入れない窮状を訴えて抗議集会を開いた母親たちを非難する意見が、田中ゆうたろう区議のブログをきっかけに表面化した。

「『お願いです。私達の子育てをどうか手伝って下さい』、これが待機親に求められる人としてのマナー、エチケットというものではなかろうか」

 田中区議は、子どもは基本的には親が家で育てるもので、最低限の経済力や人間力の準備、覚悟がなければ子どもを持つ資格はない、と主張。寒空の下での抗議行動は、赤ちゃんにとって残酷だ、とも述べた。

 

子育ての責任が第一義的に親にあるということは分かるけど,社会が子育てに対してどのような責任を負うべきなのかという線引きを政治がどうするのかが求められているわけで,こういう議論は政治家としてどうなの?と思うわけです。もっと言えばこの区議が言うように子育て中の親が「お願いです。私達の子育てをどうか手伝って下さい」と言ったら保育園増えるんですか?ということ。増えるんだったらみんなやるのではないですか?そういうやり方で保育園が増えなかったから,抗議活動が起こったのだと思うのですが。

 

そして最後のまとめ。結局こういう話になるのかという…。

 

コピーライターの境治さんは今年1月、哺乳瓶にまち針を刺した写真とともに、

「赤ちゃんにきびしい国で 赤ちゃんが増えるはずがない。」

 というコピーをブログにアップした。フェイスブックなどで瞬く間に広まり、「いいね!」の数は16万を超えている。

「良妻賢母の幻想を女性たちに無理強いしてきたから子供が減った。『ごめんなさい、それ無理です』と女性たちが思っているのだ。そしてその押し付けは間違っているのだ」

 炎上する話題だとは分かっていた。ことさらに厳しい現実を取り上げることで、厳しさを助長してしまう懸念もあった。実際は批判的なことを言う人はごく一部なのに、ネットで話題になると、誰もが赤ちゃんに厳しいように受け止められかねない。そこで希望を託し、「赤ちゃんにやさしい国へ」というタイトルで発信を続けている。

 新幹線での子どもの泣き声をめぐって堀江さんとツイッターでやりとりをした病児保育のNPOフローレンス代表理事の駒崎弘樹さんも、子育て環境は変化するはずだ、と確信している。

フィンランドが子育て先進国になったのはここ30年のこと。たった一世代分です。僕たちが変われば、僕らの子どもは楽になる。これは文化闘争ですが、決して勝ち目のない闘いではありません」

 声を上げる資格や権利は、誰にでもある。言論は子育てを阻むこともあれば、最大の味方になることもあるはずなのだ。 

 

子育て環境を意識の問題にのみ求めてはいけませんし,変わるまで待てないというのが実情です。最後は政治が決めるのだから政治の役割ってもっと重要だし,注目されて良いのではないでしょうか。一方で,子育て中の親たちがもっと自分たちの意見を政治に届けていくことも必要だと思うわけです。

子育て環境変えるべく子育て世代は選挙に行くべし - いつか朝日が昇るまで

 

 それで最後に一言。「「言論」の壁」って何ですか?皆さん分かりましたか?

 

認可保育園はこんな所―待機児童問題解消への提言

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検証 待機児童ゼロへの道(WEDGEセレクション No.23)

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