いつか朝日が昇るまで

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子どもを授かるということ,育てるということ

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子どもを持つということは簡単なようでとても難しい。自分たちが第1子の時は子どもを持とうと思ったら,すぐに妊娠できたので第2子も妊娠できるだろうと安易に考えていたが,実際にはなかなか妊娠せず,妻は「またダメだった」とかなり落ち込んでいた。周りの妊婦を見てうらやましいと思うと同時に,自分がなかなか妊娠しないつらさを実感させられていた。「もう一人で良いんじゃない」と思った矢先,幸運にも妊娠をして,今年の10月には出産することなった。

 

しかし妊娠というのは妊娠して終わりではない。そこから10か月程度の長い妊娠生活をしなければならない。その過程でさまざまな出来事があり,不幸にして流産や死産を経験してしまう場合もある。私たちもトキソプラズマの陽性反応があり,もし胎児も感染していたら生まれてもすぐになくなってしまうという場合もあり,どういう選択をすべきなのか悩んだ経験がある。

命と向きあった一カ月~トキソプラズマ陽性反応で - いつか朝日が昇るまで

 

検査結果は陰性で現在も妊娠生活を継続しているが,そうならない方も多くいて,今なら死産する,流産するという気持ちも理解できるようになった。以下の記事はそうした死産を経験した方を写真に収めた記事であり,あまりにもきれいすぎて悲しみを増幅させる。

 

リンジーはこれまでも死産になった赤ちゃんを何度も撮影している。しかし、彼女にとってこうした特別な体験はいつも身につまされるという。「本当につらかったです。この赤ちゃんが分娩されたのが、11カ月になる自分の子供を産んだのと同じ病院でしたから」とハフポストUS版に語った。「私の赤ちゃんを取り上げてくれた2人の看護師が、エミリーの赤ちゃんを取り上げたのです。 現実とは思えない経験でした。なんと言っていいのでしょうか……自分にも起こり得たことでもあるわけですから」。

リンジーは、この写真とステイリー家の経験が、同じように辛い経験をした家族への励みになればと願っているという。「私が写真を撮っている依頼主だけでなく、他の人の心にも訴えることができればと思っています。依頼主が、他の人たちと経験を共有することに前向きなら、私は他の人にも何かを感じ取ってもらえるように、光を当てたいのです」。

さらに、リンジーは自分の撮る写真が、死産を取り巻く沈黙を打ち破る助けになること、とりわけ死産した子供の親たちの支えになることを願っているという。「人はえてして死産の子供はそもそもこの世にいなかった、と思いがちです。そして夫婦には親になったという証が与えられません。しかし私は、死産で子供を出産したとしても、その人は母親であると強く信じています。子供が生きていないという事実とは関係なく、母親なのです」。

私たちの赤ちゃん、安らかにね――死産の子供と夫婦の「家族写真」

 

私達がトキソプラズマで悩んでいるとき知り合いの奥さんが自分の体験について語ってくれた。その奥さんは39週で死産したとのことだった。昨日まで元気だったのに次の日には胎動を感じず,おかしいと思って病院を受診して,それが分かったようだ。その奥さんは死産した子どもとは対面しなかったそうだ。いや,おそらく対面できなかったのだろう。別の部屋で旦那さんは号泣していたそうだ。奥さん曰く「私より悲しかったと思う」とのこと。そこでその奥さんは「もう一度妊娠する」と決意し,今では二人の子どもがいる。

 

今でこそこういう話ができるのだろうが,当時はとても悲しかったのではないか。その方が教えてくれたのだが,結構そういう体験をしている方は多く,そういう方たちの励ましが力になったとのこと。そういう意味では先ほどの記事の写真は不幸にして死産を経験した人が,そのつらい体験を乗り切る手助けになるのかもしれない。

 

ちなみにそのお母さんであるが,次に妊娠したときは自分の母親にも生まれるまで妊娠したことを言わなかったとのこと。だから「産まれたよ」と言った時に,自分の親に「猫の子ども?」と言われたようだ。39週で死産するともし何かあったらと不安になって言えなくなるという気持ちはとてもよく分かる。今はその子供たちもとても元気に育っていて,本当に良かったなと思う。

 

しかし子どもというのは産まれたら終わりではない。その後,無事に育てるという大変な育児生活が待っている。私の知人には小学校のプールで兄を亡くした人がいる。両親の悲しみはいかほどかと思うが,そういう経験からか,その知人を厳しく育ててしまったようで,兄の死を実感できないぐらい小さかったその知人は,そのような両親の接し方にかなりの不満を持って育ったようだ。本当に育児は難しい。

 

私の母親は4姉妹の4番目である。その上に男の子がいたのであるが,1歳ではしかで亡くなってしまったようだ。女姉妹しかいない中での男児の誕生だから,それはとても喜ばれたはずであるし,その死によって大きな悲しみを感じたはずだろう。しかし,もしその男の子が生きていた自分の母親はこの世に存在していない可能性が高く,自分自身もこうして産まれることはなかったと考えると,不思議な縁を感じる。ひとつの不幸はひとつの幸せに結びつく。ひとりの人生の終わりが別の人の人生の始まりになる。そんな不思議な縁がある。そうやってつらい経験を乗り越えていくしかないのかもしれない。

 

 

誕生死

誕生死