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いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

怒ることが前提のシステムはダメ

考え方

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以下のドボン会 会長 (id:dobonkai)のエントリーを読みました。

部下を決して怒らなかった上司の話 - ネットの海の渚にて

 

私はバイト歴約20年でありまして,正社員になったことはないので,部下という存在を持ったことはありません。ただ塾業界というのは特殊で,バイトの先生で授業が成り立っている面が強いのと,この年になりますと入ってくる正社員はほとんどが年下ですので,何らかのアドバイスを求められることはあるわけです。

 

私は自分のことをそんなに大した先生ではないと思っているのでアドバイスすることはほとんどありませんが,昔,私が塾講師を始めた時はアドバイスを他の先輩に求める立場にいました。

 

私が最初に教えた中学生のクラスは1年生の時からうるさい,騒がしいと評判で,体験生が来ても「うるさいから」という理由で入塾に至らないということが多いクラスでした。そんなクラスを一年目のバイトの先生に持たせる塾長もどうかとは思うのですが,そんな感じですから,うるさい生徒を注意するという授業になるわけです。時に,ものすごく怒ることもありました。

 

それでも問題が解決するわけではないし,怒ってばかりの先生の授業がいい授業になるわけはなく,「何とかしてください」と塾長に怒られる始末。具体的な指示は全くない状態でした。さらに最近の塾は授業評価というのも取るわけで,結果は最悪…。「一生懸命やっているのに…」と体調が悪くなる時もありました。

 

本当にどうすればいいのかと悩んでいるとき,ある先輩のバイト先生が「怒ったらこちらが負けなんですよ」とアドバイスをくれたのです。「怒ったら負け?怒らないとずっとしゃべってますけど」と思ったのですが,その先生は続けて「怒らないように授業を組み立て運営することが先生の役割であり,先生の力が試されるんですよ」と教えてくれたのです。「ああ,なるほど」と思いました。私の授業は問題が発生した時にそれに対処する術だけを考えていて,どうしたらその問題がなくなるのかということにまで考えが及んでおらず,その対策をしていなかったんです。

 

だから私は授業のやり方を変えました。具体的には指示を明確にすること。今,自分たちが何をしなければいけないのかを具体化しておくと,それをやっていない自分が悪いと自分たちで気づくことができるようになります。また,何をしてよくて,何をしてはいけないのかの基準を明確にすることで,私が怒ることでその基準に気づくのではなく,自分たちでその基準を守るというやり方にしたのです。そして守らない生徒が出た場合,授業を止める。そういう人が一人でもいたら授業は進まない。そうすると「やばい」と自分で思って,授業を聞くようになります。こういうやり方をすることで怒るという場面はほとんどなくなりました。ただこういうやり方も相手によって変えなければならないので,今もそのやり方は進化中です。

 

実際に怒られた生徒に聞いてみると誰一人として怒られて勉強するようになったとは答えませんでした。怒る側が相手のためと思っていても,怒られる側はそうは受け取らないし,怒られただけで行動が変わるというものでもないでしょう。また怒られても失敗が減るわけでもありません。これは体罰の問題も同じですよね。

 

もちろん子ども相手と大人相手では違う面もあるかと思います。しかし,会長も言っているように怒ることを前提にしたシステムは本人が疲弊しますし,怒るか怒らないかの二者択一にしかならないという問題があります。さらに怒られることで気持ちよく仕事ができるという人もいないでしょう。

 

なぜ自分が今怒らないといけない状況であるのか,その原因を個人に求めるのではなくシステムに求めていくこと。これが上司に求められる資質ではないでしょうか?正社員にもなったことがない私が偉そうに考えた結論です。

 

 

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