いつか朝日が昇るまで

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「男らしさ」から逃げられますか?逃げたいですか?

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「男らしさ」「女らしさ」という社会的に求めらる性別による役割があり,その役割にしばられることで生きづらくなることはあるでしょう。ただそのような「らしさ」を捨て去ることは簡単なようで難しいでしょう。以下の朝日新聞に書かれているように容易に「逃げる」なんて結論は出せないし,男性が「男らしさ」にしがみつくのは「生き方を縛る」だけでなくその方が楽だという人もいますし,それにしがみ付くことでが「自分らしさ」を維持しているという人もいるでしょう。

 


男の成功像、生き方縛る 「逃げたっていいんだ」:朝日新聞デジタル

 

男性が「男らしさ」から逃げればそこにはまた何らかの「役割」が用意されます。正社員から逃げれば非正規社員としての人生が用意され,それが逃げ場を確保したことになるのかはワーキングプアの問題を見れば容易に想像できるでしょう。

 

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「○○らしさ」から解放されるとそこに「自分らしさ」があるなんていうのは幻想で,どこまで行っても「自分らしさ」なんてものはないのかもしれません。「○○らしさ」を無くしていったら結局自分は何者でもないということが分かり愕然とするかもしれない。そうした不安も「○○らしさ」,ここでは「男性らしさ」にしがみ付く原因になっているかと思うのです。その方が楽ですし,それこそが自分自身であると考えているから。

 

例えば以下の引用部分。確かに「男らしさ」にしばられているのかもしれませんが,これは「自分らしさ」だと考えていると解釈もできますよね。

 

9月末、当面の仕事もなく、自宅待機を命じられた。家に戻り、月給が7万円下がることを伝えると、妻は言った。「足らなくなったら、私が働けばいい」

 拍子抜けした。結婚20余年、妻の口からこんな言葉が出るとは。それでもプライドが許さない。「やっぱり、妻を働かせたくない」

 

また最近のイクメンブーム。私はこれは「男性らしさ」からの解放ではなく,育児をする男性というのを「男性らしさ」の要素にしようという運動だと思っているわけです。つまり「イクメン」の方がかっこい男性だということ。これは女性を家事,育児から解放する意味はあるのかもしれませんが,「男性らしさ」「女性らしさ」が無くなるという意味ではないと思うわけです。 

 

ここ数年、若い世代を中心に育児を担う男性を指す「イクメン」という言葉も生まれ、変わったようにもみえる。だが、伊藤公雄・京都大教授(男性学)は「社会や家族が変わってきたのに、男中心の家父長制に基づく家族観や男女観に男性はまだ、無自覚にしがみついている」と指摘する。

 

そういう意味では「男性らしさ」「女性らしさ」が多様化しているわけで,それは「男性らしさ」「女性らしさ」が消えてなくなるということではないと思うのです。また繰り返しになりますが,そうした「男性らしさ」と「自分らしさ」の区別ってそんなに簡単なものではなく,それだから自らが規定する「男性らしさ」にしがみ付いてしまうということもあるかと思います。イクメンだって「男性らしさ」として自分で自分の役割を規定しているわけですよね?

 

だから大切なのは「男性らしさ」から逃げるとか「男性らしさ」にしがみ付けとか言うのではなく,どちらも許容される社会こそが良いのではないでしょうか。そして重要なのはどちらの選択をしても再び別の選択をできる社会。今はどちら一方を選びなさいという話が多すぎると思うんですよね,正社員くだらないとか。皆さんはどう考えますか?

 

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