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いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

「努力した人が報われる社会」の否定は「成果を出した人が報われる社会」を意味してしまう

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あれ,見慣れたIDがホットエントリーに上がっていると思ったらid:fktackさんでした。これは言及しなければいけないと思い,以下の記事について書きたいと思います。


がんばった人が報われる社会なんて嫌だ - 意味をあたえる

 

気になるのは以下の部分でしょうか。

それなのに、たった一握りの「努力できた人」だけが報われるなんて、いかにも了見が小さい。努力なんてただの自己満足だ。努力を偏重する人は、自分を基準にする。自分よりもがんばっている人を敬い、そうでない人を見下す。そして、自分ができた努力は、たいていの人もできると勘違いする。努力する人が傲慢だと思うのは、そういう部分だ。だから、努力できた人は本来は謙虚になって、達成前の自分よりも、ずっと厳しく自分を律しなければならない。

 

では実際に努力主義を否定するとどうなるかというと,努力できない人を評価する社会ではなく,成果を評価する社会になると思うんですよね。今まで年功序列や終身雇用というのは会社に尽くしたことに対する評価であって,成果がすべてではありません。つまり現在の社会を見ていればわかるように,「努力だけではダメ。成果を出せ」という成果主義になっているのです。実際にブコメでも成果が重要だよねというものがありましたね。

 

最近ではこうした成果主義だけではなく,さらに努力でも補えない「ハイパーメリトクラシー」という能力まで要求されるようになっています。

「ハイパー・メリトクラシー」とは、東京大学大学院の本田由紀准教授が主著の『多元化する「能力」と日本社会』の中で提示した新しい概念だ。
 日本の近代社会は、家柄や性別など本人の変えようのない特性によって社会的地位が決まる前近代社会の「属性主義」から脱却して、本人の努力や修練によって獲得される学歴などで社会的地位が決まる「メリトクラシー(業績主義)」の社会を形成してきた。
 そこでは、学力を基本とした能力によって社会的評価がなされていた。しかし近年、とりわけ1990年代以降は、その社会的評価の基準が変化し、従来の学力などに加えてプラスαの能力が求められるようになってきている。
 そのプラスαの能力とは、いわく「人間力」「生きる力」「対人能力」「コミュニケーション能力」「問題発見・解決能力」などなど。これらは一朝一夕には身につかない、人格や感情の全てを含み込んだ能力であり、瞬間瞬間においてアドリブで発揮することを求められるような非常に柔軟な能力だ。
 こうした全人格的な能力に重点を置こうとする社会の趨勢(すうせい)を、本田氏は「ハイパー・メリトクラシー(超・業績主義)」という概念で表現。このハイパー・メリトクラシー社会が、若者たちへの社会的圧力を高め、さまざまな問題を引き起こす一因となっていると危惧する。本田氏のアクチュアルな発言は、数多くの若者の支持を集め、企業や教育の現場で注目されている。

若者の未来interview:CAREER ACADEMY 進学ナビ 大学・短大サーチ

 

現在,努力だけではダメという方向から努力をしない,努力できない人を評価するという方向ではなく,努力しても身につかない能力へと評価の軸を移しつつあります。そうした中で「頑張った人が報われる社会は嫌だ」と主張すると,努力以上の能力を評価すべきだという主張に受け取られ,本当にid:fktackさんが言いたかった「努力できない人を評価する」という主張に繋がらなくなってしまうわけです。

 

それでなぜそういうことが起こってしまうかというと,これは経済における評価を前提にしているからですよね。本来弱者救済というのは経済原理からは起こりえないわけで,「努力しない人」「努力できない人」を評価するという話であれば,経済原理とは別の評価軸を出してくる必要があるかと思います。

 

それで最近「評価経済」として個人の評価が重要になるという話がありますが,これもまた経済原理によって金銭的に評価されていき,結局,今までと変わらない社会になると思うんですよね。

 

バイト歴20年だから「評価経済」について考えたという話 - いつか朝日が昇るまで

 

こうした問題を解決するには人間がただ生きているだけで素晴らしいということ,生きることに意味なんて必要ないという主張をしていくべきではないかなと思うのですがどうでしょうか。

 

ただ生きているだけで素晴らしいと言えるかどうかという話 - いつか朝日が昇るまで