いつか朝日が昇るまで

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自分のことは棚に上げて人のことを悪く言う人たち

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最近、いろいろな人と会う機会が増えて人間というのは本当に都合のよい生き物だなあと思うわけです。だいたい人が集まると「あの人のことどう思う?」という話になるわけですが、その話の内容が悪口に近いものになります。

悪口みたいに聞こえるのですが、本人たちは「彼女のために指摘してあげるんだ」と言っていて、でもここにその彼女はいませんがと思うわけです。それって悪口、陰口ですよね。

人間なので悪口や陰口を言わないという人の方が珍しいのかもしれませんが、それにしても悪口や陰口であるという自覚がないのは問題でしょう。こういう人たちの特徴として、「私はできている。だからできない人に教えてあげるのだ」という姿勢が強いというのが上げられます。

相手の失態や欠点をあげてくるので、こちら側も「確かにそういう面はあるな」と思うのですが、でも別の面ではその話し手も欠点や失態をしているわけです。相手の欠点や失態を責めているのですが、すべてにおいて完璧な人なんていなくて、欠点が無い人や失態をしない人などはいないわけです。

「私は完璧。あいつはダメ」みたいな姿勢で人のことを悪く言えるのはなぜなのだろうかといつも疑問に思うわけです。それで結局あいつは全部だめ、私は完璧みたいな話になるのなら、それは「相手のため」にはならないでしょう。

相手の欠点や失態について指摘してあげることは大切ですが、指摘してあげるのであれば、どうすべきかまで伝えるべきでしょう。「あいつはダメなやつ」と言っている人は同じように「あいつはダメなやつ」と言われているという自覚が必要です。

でもそういう人に限って八方美人というか、実際にその人の前に行くと「素晴らしいですね」なんて連発するんです。SNS全盛のこの時代、facebookのコメントがさっきの話とまるで違うではないかと戸惑うこともあります。

「自分もダメな面があるけどこういう面が直した方が良いよ。自分も直したら仕事がうまく行くようになったよ」という指摘をしてあげれば、相手も聞く耳も持ちますし、相手にとって良いアドバイスになると思うのです。「相手のため」であれば、相手がそれを受け入れて相手が変わってくれなければ意味がありません。「相手のため」は「相手の欠点や失態を指摘すること」が目的ではありません。

そんなことを考えつつ日々仕事をしております。まあ自分もそんなできた人間ではないのですが、もうちょっと前向きな会話はできないものかと思うこのごろです。

 

 

悪意の心理学 - 悪口、嘘、ヘイト・スピーチ (中公新書)

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悪口を言う人は、なぜ、悪口を言うのか (WAC BUNKO 216)

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人はなぜ悪口を言うのか?

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