いつか朝日が昇るまで

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「裏切るより裏切られる方が気分が楽だ」という話

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忘れもしない小学校6年生の時のマラソン大会の話です。私はマラソンが得意で小学校5年生の時にマラソン大会で優勝していました。そう、小学校6年生のマラソン大会は連覇がかかっていたのです。そしてその時は来ました。

 
私の後ろからA君が来ました。私の方はまだ余裕があったのですが、A君は結構苦しそうな感じで、しばらく私たちは並走していました。ゴールがだんだんと近づいてきた時、A君が言いました。「いっしょにゴールしようよ」と。確かに一緒にゴールしても1位は1位。それに彼とは友達だからそれも良いかなと了承しました。
 
ところがトラックに入ったところで思わぬことが起こったのです。彼はいきなりスパート。出遅れた私はそれについて行けず2位になっていまいました。A君は堂々と1位のフラッグの元へ。私は何も言えませんでした。
 
家に帰って親が「惜しかったねえ」と言ったものですから、そうしたやり取りについて話したところ、「競走なんだから騙されるあなたが悪いのよ」と言われ、ショックを受けました。「えっ?俺が悪いの?騙された方が悪いの?」
 
だからこの話は公に話すことはありませんでした。ただ唯一の親友であるB君には話したところ、「それはひどい。そんなことして1位になっても意味がない。本当の1位は君だ」と言われ、とても救われた気分になり、もう2位になってしまったことなどどうでもよくなってしまいました。
 
こんな風に人を信じてしまうからか、私は昔から「いい人だ」とよく言われます。皆さんも分かると思いますが、「いい人」というのはその言葉通りの意味ではなくどこか、馬鹿にした意味合いで使われる場合もあります。だから「いい人」の後に必ず「でも⚪︎⚪︎」と続くわけです。
 
 
よく言われたのは「いい人だけどそれだけでは世の中生きていけないよね」みたいなことです。先ほどの私の親の発言もそうした流れで理解できるものです。この「いい人」というのは恋愛にも及び「いい人だけど⚪︎⚪︎」と言われて断られることが多く、モテ期なるものはありませんでした。
 
そこで私は「いい人」の呪縛から逃れようと悪ぶってみました。でも所詮悪の真似事。余計にカッコ悪く、ますます評価されなくなりました。そんな自分がとても嫌でしたが、どうすることもできませんでした。
 

 

挫折続きで自分の人生を呪った10代,20代 - いつか朝日が昇るまで

 

 
今の自分は結婚し、子供もできて素直に自分と向き合えるようになりました。そして「いい人」という呪縛から逃れる必要もなくなりました。だから今でも人を簡単に信じてしまうし、おそらく今の状態で小学生に戻っても同じようにA君のことを信じてしまうでしょう。
 
ある先輩に「裏切るより裏切られる方が気分が楽だ」と言われ、そうかもしれないと今は思います。私は人を信じやすいし、ただの「いい人」かもしれませんが、それは否定しようもなく、その道を突き進むしかないと思っています。そして自分の息子たちが同じように人を信じ、裏切られた時に「裏切るより裏切られる方が気分が楽だぞ」と言ってあげられるようになりたいものです。
 
 
  
超情報化社会におけるサバイバル術 「いいひと」戦略

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