いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

「型があるから型破り。型が無ければそれは形無し」

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ブログで何を表現するかという問題でいろいろなところで炎が上がっておりまして,以下のブログはとても誠実な対応をしておりますが,結局ブログそのものを辞めてしまうという方向へと向かっていくようです。

 


今回の件の顛末記。そして、あなたに伝えたい言葉。 - とりま風呂

 

ブログというは何を書いても自由だと言うけれども,そこにはさまざま自主規制や社会的な規制があって,そんなに自由でもないとHagex先生が言っておりまして,それはその通りだと思います。


ブログで「自由に書く」ことは難しい - Hagex-day info

 

私自身も以下の記事を書いて,自由に書く事に対する制限が存在することを示していたわけです。

 

アドセンス規約にしばられるとブログはつまらなくなるのか - いつか朝日が昇るまで

 

また,ブログというものが書きたいことがあって書き始めるのかというと必ずしもそうではなく,書いている方も文字にして初めて自分の考えがまとまってくるというのもあります。そんな時は記事の題名を最後につけるわけですが,そういうことってないですか?また自分を表現するといっても自分は触媒でしかないのであり,あくまでも「個性的」な記事でしかありません。

 

ブログで個性を表現するというのが間違いかもしれない - いつか朝日が昇るまで

 

思ったよりも自由に書くというのは難しいものなのですが,ではそれが必ずしも悪いことだとは言えません。ルールも何もかもを無視して自由に書くという面白く見えるかもしれませんが,うまくはないし,それを継続的にやっていくことはとても難しいのです。

 

「型があるから型破り。型が無ければそれは形無し」

 

これ中村勘三郎が言った言葉なんですが,「自由に書く」というのは難しいと同時に,それってただの「形無し」で面白くもないんじゃないの?というのもあるわけです。Hagex先生も以下のように言っているわけですが,これは中村勘三郎が言っていることとまさに同じ。中村Hagex勘三郎と言っても良いかと思います。

 

ライティングスキルとは別に「好きなことなんて、なかなか書けない状態にいる」という自覚を持つべきです。自覚を持っているからこそ、それを破ることが出来るわけです。檻の中に入っているにも関わらず、折りが見えておらず「オレは自由だ」と叫ぶ裸の大様ほど滑稽なモノはありません。だからこそ「好きなことを書く」というのが大変でもあり、尊いモノだと不肖Hagexは考えるのであります。

ブログで「自由に書く」ことは難しい - Hagex-day info

 

型破りというのは型を知っているから成立するわけで,さまざまルールや縛りを自覚したうえでそれをどこまで破るのか,またどこまで破ることが可能なのかそのギリギリのところが面白いわけで,それは型を無視するとは違うということなんですね。

 

ただこういうやり方はとても難しいですし,常にそうする必要はなくて,まずはその与えられた型の中でどう書くのか,しっかりと練習する必要があります。そのルールの中でどう文章で表現するのか。これってとても難しいことであり,技術がいることなんですよね。そしてその型の中でしっかりと文章が書けるようになった上で,その型を破ってみる。それも露骨な形ではなくやるのは技術がいります(私ができているというわけではありません)。「俺は自由だ」と言って「君のは単なる形無しだね」と言われないようにしたいものです。

 

 

型破りのコーチング (PHP新書)

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