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いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

「ファミコン世代」も責任を問われる年齢になったんだなという話

考え方

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私たちはロスジェネとか団塊ジュニアとかいろいろ言われてきたのだが,ついには「ファミコン世代」なのか。そんなエントリーが上がっていたのは気づいていて,これについて言及しようとしていたのだけれど,タイミングを逸して言及していなかった。

 

 ファミコン世代は日本をガラパゴス化し、落ちぶれさせている諸悪の根源である。

ファミコン世代が日本の大衆文化をダメにしている - ボンタイ

 

そうしている間に「ファミコン世代」であろう方たちのエントリーが上がっていた。まずはid:fujiponさん。

 

ファミコン世代」の一員として、なんだかちょっと憤ったり悲しんだりしているのだけれども、僕自身の1980年代くらいを振り返ってみると、ファミコンが(あるいは、ファミコンの時代が)僕に与えたいちばん大きな影響は「ヒマだな、と思う時間の消失」なのではないか、という気がする。

「ファミコン世代」の独白 - いつか電池がきれるまで

 

これは先ほどの記事の反論ではなく,ファミコンが与えた影響を振り返っているエントリーである。ただ私の場合,土日しかゲームはしなかったし,ファミコンというのはテレビを使わなければいけなかったので,テレビを見ている人(主に大人)がいる場合,ゲームは出来なかったし,そういう時は外で遊んでいたので,もしファミコンがなくても「暇だなあ」と思わなかったのではないか。

 

実際に平日の放課後は学校の校庭で遅くまで遊んでいたし,習い事もしていて平日も暇だと感じることはなかった。これは自分が田舎出身なのでそうなのかもしれない。都会では違ったのだろうか。

 

だから私にとってファミコンってまだまだテレビの延長ぐらいの感覚でしかなく,それほど大きな影響を自分に与えたとは思えない。それよりもスマホやPSのモバイル版の方が場所も選ばず遊ぶことができるので,大きな影響を与えているのではないか。公園でもゲームしている小学生がいるし,自分自身もゲームってほとんどやらないけれども,スマホは外でも家でもよくさわっている。こちらの方が「暇な時間」を奪っているという感覚が強い。

 

そう考えれば,今後そうした世代が大人になると「○○世代は…」と責められることになるんだろうなと思う。そういう時に「ファミコン世代」としてはそんなどうしようもない世代論振りかざしても仕方ないと言いたいけれども。

 

次はいぬじん (id:inujin)さん。いぬじんさんはいぬじんさんらしく?「ファミコン世代」を肯定的に評価している。

ぼくらファミコン世代は、そうやって子供のときから色んな世界を行き来する技術を身につけてきた。

それはこの現実において特別な力とはならないかもしれないけど、そうではない新しい世界を作り出す時には役に立つのじゃないだろうか。

「ロストジェネレーション」とは、この現実からは失われた存在なのかもしれないが、ここにはないどこかに、次の場所を生み出すためにやってきた世代なのじゃないだろうか。

 

ファミコン世代は、進んでいく。 - 犬だって言いたいことがあるのだ。

 

私は先ほども述べた通り,ファミコンの影響ってそれほど大きくないと思っているので,これを「ファミコン世代」として積極的に評価しようとは思わない。ただ「ロスジェネ」とかマイナスの世代として括られるとしたら,それは「ちょっと違うでしょ」といぬじんさんと同じように言いたくなってしまう。

 

これは私の世代ではないけれどもかつて「ゆとり世代」なんて言われ方があって,どても嫌な気分がした。なぜなら彼らは自ら進んで「ゆとり世代」になったわけではない。勝手に「ゆとり世代」にされてしまった。そしてそれは間違いだとされ批判の対象にされている。以下のタイトルなんてまさにそれを表している。内容にゆとり教育は全く関係していない。世代論というのはこうした批判的な意味合いで用いられることが多い。そうした世代論には組したくないと思う。


ゆとり教育の弊害?困った新人との付き合い方 | マイナビニュース

 

 

「ゆとり」批判はどうつくられたのか: 世代論を解きほぐす

「ゆとり」批判はどうつくられたのか: 世代論を解きほぐす

 

  

だから私はここでなぜこうした世代批判が出てきたのかを考えたい。私たちはもう30代になりもうすぐ40代になろうとしている。そうした年齢になってくると,もはや若者ではなく,社会的な責任を背負わされ,会社で言えば部下もできる年齢であろう。そうした中で,「お前たちの責任だ」と私たちが上の世代に言っていた言葉を自分たちが言われるようになったんだなと思う。

 

ファミコンの影響でダメになった,あるいは良くなったというのではなく,社会的な責任を背負わされ,そうした責任に応えなければならない年齢になった自分たち。そうした要求にどうこたえていけばいいのか。こちらの方が自分にとっては大きな問題だ。かつて自分が上の世代を責めた時に,その批判に上の世代が十分応えたとは思えないけれども,自分たちはどう応えていくか,まだ答は出ていない。

 

 

 

 

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