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いつか朝日が昇るまで

子育て、受験、日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんの気楽な子育て,中学受験を応援します。

日本語の練習と表現についての話

ブログ

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以下のけいろー (id:ornith)さんの記事を読みました。けいろーさんの文章はそのままでいいと思うし、狙って書く文章って面白くないと思うのですが、何を表現するかは一端おいておいて、日本語が上手くなりたいという気持ちは私も持っているので、それについて書きたいと思います。

 


「話す」ように「書く」?ブログに書く文章はどこから来たの? - ぐるりみち。

 

 私自身も別に文章がうまくなくて,それゆえにいろいろと本を読んで勉強しているわけですが,日本語を練習するには以下の方が最適です。タイトルもそのまま「日本語練習帳」です。

 

日本語練習帳 (岩波新書)

日本語練習帳 (岩波新書)

 

 

日本語が上達するためには単語や語彙という文章を構成する基礎の部分を練習することと,さらにその単語と語彙で作られた文章全体の練習という二つに分けることができます。

 

単語や語彙に敏感になる

単語や語彙に関してはその使い方に敏感になる必要があります。この本では「思う」と「考える」の使い分けが載っていました。こうした言葉に対する敏感さというのは以下のように身につけることができると筆者は書いています。

 

 言葉づかいが適切かどうかの判断は,結局それまでに出あった文例の記憶によるのです。人間は人の文章を読んで,文脈ごと言葉を覚えます。だから,多くの文例の記憶のある人は,「こんな言い方はしない」という判断ができます。

 よい行動をしていきたいと思う人は,よいことをした人の話を聞いて見習うでしょう。同じように,鋭い,よい言葉づかいをしたいと思う人は森鴎外夏目漱石谷崎潤一郎とか,現代だったら誰でしょうか,言葉に対してセンスが鋭い,いわゆる小説家・劇作家・詩人・歌人たち,あるいは適切な言葉を使って論文を書く学者,そういう人たちの作品・文章を多く読んで,文脈ごと言葉を覚えるのがよいのです。

(中略)

人間の行為・行動に,社会のいろいろな状況に応じて新しい行動が出てくるように,必要なら新しい言葉が出てきます。それがいい言葉かどうかを感じる鋭い感覚が必要です。そこで必要なのはまず区別できる単語の数を増やすこと。自分が区別して使える語彙が多くなくてはぴったりした表現はできない。

(中略)

単語を的確に使うということで,大事なことがひとつあります。例えば,「臆病な人」を「慎重な人」といったら,それは不的確ということになるでしょう。しかし,「臆病」と「慎重」とではまったく別の言葉で間違えようはありません。不的確な表現になった原因は単語にはなく,事実を見る眼が曇っているのです。ほんとうは「臆病」なのに,それを「慎重」な態度だというのは,あるいは真実を避けて表現しているのかもしれません。「臆病な政治家」を「あの人は臆病だ」とはっきり表現するのは,単に言葉に敏感になるだけでなく,事実そのものをよく見る眼と心とが要ることです。はっきり見てきちっと表現する心がまえがなくては,言葉を的確に運用できないのですね。

(16~20頁)

 

語彙そのものを増やすということももちろん大切なわけですが,そもそも物事を見る眼がなければ,間違った表現をすることになってしまいます。小学生でも「泣いている」と聞けば「悲しいから」と即答する子どもがいるわけですが,涙というのは嬉しい時にも流れるわけですね。そういう気持ちは物事をしっかりと見る眼がないと読み取ることができません。他にも男子によくある「好きな女の子をいじめる」という場面。嫌いだからいじめるとしか答えられない男の子もいます。まあ,こういうのは大人になると理解できるようになるとは思うんですが,小学生には難しい部分もあります。

 

以前,小学生の授業で傘を持っている男の人の絵を書いて,この場面を説明してというと,ほとんどの子どもが雨が降っていると答えるわけですね。でも「その傘,実は日傘なんだよ。だから実は今,晴れてるんだよ」と言うと騙されたとか「ずるい」とか言われるわけですが,実際には日傘である可能性を思いつけるかどうかって重要ですよね。そういう感覚を養っていくと文章表現も豊かになるのかと思います。実際に私も問題を出された「雨が降ってる」としか答えられないですけどね(笑)。

 

三島由紀夫大江健三郎は語彙を増やすために広辞苑を何回も引いて覚えたようですが,語彙を増やすにはそうした努力が必要だということです。ちょっとした時に「この言葉どういう意味だろう?」と調べる習慣をつけておきたいものです。

 

文章を書き方の訓練

まず筆者が勧めているのは「文章の縮約」です。あまり馴染みがない言葉ですが,以下のようにすることです。

 

  1.  縮約とは,要約することや要点を取ることではなく,地図で縮尺するというように,文章全体を縮尺して,まとめること。
  2. 一行二〇字詰二〇行の原稿用紙を使い,最後の一行あるいは二行の空白を作ってもいけない。つまり,ぴったり二〇行にわたる文章にまとめる。
  3. 四〇〇字から一字もはみだしてはいけない。
  4. 句点,読点は一字分取る。
  5. 全文を段落なしに書き続けてはいけない。途中に段落をつけ,改行すること。
  6. 題目は字数外とする。
(114~115頁)

 

筆者の授業では新聞の社説の要約をしていて,それを通して社会を見る眼を養うことも可能になるとのことです。そして文章をまとめる上で以下の点が重要です。

 

文章としてまとめる上では,近隣に同じ表現を繰り返さないこと。似ている単語の中から適切な言い換えを選ぶこと。(中略)読み直していって,句読点を明確に使うこと。文章としてリズムを整えていくこと。

(122頁) 

 

こうした作業をしたうえで,この文章をさらに短くし,要旨をとることになるわけです。でもこうした作業ってとても難しいですよね。私もそういう作業をしたことはなかったのですが,大学院のゼミで同じようなことをやらされました。これ,要約よりも難しいんですよね。まだ私もうまくできません(涙)。

 

さて,いよいよ執筆ですが,そのためには以下の点に注意する必要があります。

 

  1. まず頭の中にある事柄を,思いつくまま秩序なしにばらばらに白紙に書き付けてみる。
  2. それをできるだけ細かく書く。雑多な項目表を眺めて,どれを最初に,次に何を見定め,項目に番号を打っていく。
  3. その途中,ある項目についての準備不足・知識の不足・考察の不足が,ここかしこに見えてくる。それの手当として,不足な材料を集める,調べる,考える。
  4. 書き上げた内容のまずいところを修正する。次に自分で内容の要点を項目として順に書きあげて並べてみる。すると,順序が逆になっている,あるいは錯綜していることに気づく。それを整える。
(136頁) 

 

こうしたやり方を繰り返して文章を練り直していく。また筆者はセンテンスを短くすることを推奨しています。センテンスを短く切ることで日本語として大変読みやすい文章になる。ただそこには接続詞をしっかり使えるかという問題はありそうですね。意外と接続詞は難しいですね。

 

自分の文章の要点を並べてみると,確かにひどいなんてことありますよね。それでもう嫌になってしまって直す気がなくなる。文章も書かなくなる(笑)。文章を書くためにはこういう作業の繰り返しに耐えなければなりません。私も耐え続けています…。

 

 

最後に

こうした練習をすることで文章そのものの表現力は確かに上がっていくでしょう。ただ最も重要なのは何を表現するかということ。日本語がうまくなっても表現することがないでは,英語は勉強したけどしゃべる内容がないという人と同じになってしまいます。日本語で上手に文章を書くというアウトプットの記述方法は確かに重要ですが,そもそもインプットが無ければアウトプットそのものが存在しなくなる。そんなことを考えて深夜1時です…。

 

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